弱々しい蝋燭の炎が揺れる元、兄が首を傾げた。
「・・可笑しいですね」
「何がですか?」
僕はのろのろ口を開いて答える。極めた気持ちよさで頭がぼぉっとしていた。兄が吐いたどろどろの液と埋まったままの性器の熱が合間って、事後のこの瞬間はいつも夢心地だ。
「私がお前と契ってから、幾日経ちますか?」
「・・?ええと、僕が降りてから二か月後に兄さまが来て、それから・・」
指を折って数える。兄は組敷いたままの僕を見つめて、待っていた。手慰みに剥き出しの僕の胸を撫でたり抓ったりして早くと急かす。
「十か月・・くらいですかね」
面倒になって適当な数を口にする。頭を働かすよりも、僕を可愛がってくれる手に気を散らしたかった。
「・・やはり、可笑しいと思いませんか。宗三」
「何が可笑しいんです?」
いつになく真剣な兄に問う。大切に育てていた作物が、野生の動物に食い散らかされる惨劇を目の当たりにして以来、こんな険しい顔をした事がない。
「十月を経たのに、ややこが出来ません」
「ややこってあのややこが出来るんです?」
「ええ」兄が頷く。僕の腹へ手を乗せた。鼓動を探すようにそっと撫でる。
「主から聞いていたのですが、ヒトは子種を腹に注がれるとややこが出来るそうです」
「子種って?」
「これです」
腹に散ったべたべたな白を救う。兄の指が美味しそうにてかてか光るから、僕はぱくりと噛みつく。舌を爪の隙間にまで這わせて舐めとった。
「そうなの。知らなかった。むしろ、この白くてべたべたするのは子種だったんですか」
肉体の仔細には特に頓着していなかった。気にかけ不備を見つけた処で、体の取り換えなんてできない。僕の左胸の刻印だって、泣いて訴えても主は消せやしなかったから。
それにしても、寝耳に水だ。この白いものは兄と気持ち良くなったら溢れるくせに、やたら苦い液体くらいしか思ってなかった。あと、油が切れた時、頼りになる。
ヒトの体は、不自由な割に不備のないよう上手く出来ていると関心したものだ。
「幾度となく宗三の腹に注いできました」
兄が指で僕の唇を楽しそうになぞる。僕は今までたっぷり上からも下からも受け入れた。一つ山を越えた先に有る、ため池ぶんくらいは少なく見積もっても注がれた。もちろん、孕むのはこの腹だ。
「小夜くんに弟ができますねぇ。僕は兄さまに似た子がいいなあ」
くすぐったくなるような可愛い未生事を一人考えていてくれたなんて、嬉しい。まだ見ぬ兄の子に夢が広がる。
「十月十日で腹から出てくるそうですが。お前の腹はそれらしく膨らみもしませんね」
「そう言われれば。ヒト形が宿るなら、膨らんでも良さそうです」
「そろそろ、ややこの形成りを腹越しにでも拝めるのではと期待していたのですが」
だから、兄は眉を顰めていたのか。確かに、飽きもせず幾度となく交わっている。もうややこの一人や二人お腹に根付いて良い筈だ。その兆しすら見えない。
「腹に何かいますか?宗三」
「居るのは兄さまくらいです」
「・・・」
顔を見合わせて、ことりと首を傾げあう。
「・・・おそらく、お前が不逞だからです」
「僕?」
目で困惑を投げ掛ける。
「真っすぐ私を愛さないから、ややこが出来ないのです」
「まさか」
「ややこは愛が有る二人にのみ授かると聞きました」兄が続ける。なら、僕の答えも同等だ。
「僕は兄さまが好きですよ」
「本当ですか?織田の打ち刀と寝るのは何故です。時たま、伊達の太刀とも」
手で兄の唇を塞いだ。自分の罪を暴かれるよりも、閨で兄の口から他の男の名が紡がれるの不義が許せなかった。この場で息をしていいのは、僕だけの兄と兄だけの僕。他人の名一つで空気が汚される。
「兄さまが、居ないから」
「私のせいですか?私は宗三が居ない夜でも、不貞を働いていませんよ」
兄が声音を低く落とした。兄が僕の手を振り払う。失望した、もう声も聞きたくない。そんな連れないそぶりを当てつける。傷つけてしまった。機嫌を損ねてしまった。それがとても恐ろしくて、僕は白状する。
「ああ、兄さま違う。兄さまは悪くない。兄さまが居ないと不安になって、代わりの誰かを求めてしまう僕が悪いんです」
「分かっているではありませんか」
素直になったご褒美は、頭への優しい愛撫だった。捨て置かれたると思った不安が一度に和らぐ。神経も温もりもない髪の毛は、もう兄に撫でられる為に生えているとしか思えない。もっと撫でて、僕に一秒でも長く触れていて。
「そうか、僕が孕まないのは、僕の不逞のせいなのか」
兄が誰とも交っていないのであれば、ややこが出来ない不備はどう考えても僕に有る。
何か大切なものが足りないような気もするが、その『何』が必要なのか分からない。それはおそらく、僕が兄へ向ける無垢で美しい執着だ。
「兄さま!こうしましょう」
妙案を思いついた。兄の手を引く。しっとりと汗ばんだ柔肌に、爪を立てる。がりっと音がして、兄の肌を裂いた。血が滴る。
「僕は、もう兄さまとしか寝ない。約束できます。だから、僕に毎晩種付けしてくれますか?やや子がいつ出来てもよいように、僕と僕のお腹を慈しんでくれますか?」
手をそのまま薄い腹の上に導く。「イイ子にするから叱らないで」と子どものような拙い条件交換を持ちだす。
「ここにね、兄さまの子種を十月十日しっかり注ぎこんで、ね?奥に、僕の奥に、あ、ふ、あっアッつ」
密接していた腰を足で囲み、胸を高く反らして自ら腰を揺する。背中に痛いほど力がかかって上手く動けない。痛みと引き換えに、性器が奥へ届いて快楽を得る。
中の子種が腸を伝って下る熱に、「これならややこが出来るかなあ」と望みを抱く。
「ああッ、んあ、こおやって・・、ね、ぼくのァッ、なかッを、こつこつ、揺すって・・ね?」
手本を見せるように、兄が分かりやすいように慣れた交わりを口で体で教える。煽動するたびに性器がぱしぱしと音を立てて僕の腹を打つ。
「とつ、き、とおか、んッ、はげめ・・ばっ、きぃっと、アぁ、ややこ、でき・・ますよッ」
ややこを授かるのなら、もっと奥深くに宿さなければと焦る。兄さまの大切な子を孕んだら、守れるのは僕の腹だけなのだ。尊い命はできるだけ、体の奥にしまいこんで、朝も夕も慈しんで育てたい。
「・・・そうするだけで、出来ると思いますか?」
「まだ何か足りません?僕は気持ちが良いですけど」
兄さまは子種を吐き出すほど具合がよくなれない?と問いかけ、腹に力を込める。埋まる性器はゆるゆると熱を湛えている。
「お前が本当に、私だけ求めて私だけで気持ち良くならなければ、やや子はできませんよ」
「兄さまはそんなに僕が信じられないの」
再度疑いをかけられ、もう泣きたくなってきた。こんなにも兄が好きで好きで、体でも心でも想っているのに、本心は伝わらない。
心に冷たい膜が覆って苦しくなる。しくしくと涙が溢れ出す。何をやっても信じて貰ないのなら、肌と肌を食い破って心臓を一つに合わせるしかないじゃないか。そうすれば、気持ちに間違いがないと伝わる。
「何を泣きますか。お前を信じていますよ。だから、するのでしょう?十月十日の種付けを」
兄が僕の瞳を舐める。ぬるぬるとした暖かい舌に、まだ僕は捨てられていないと希望を見出した。しとどに溢れていた涙が引いて行く。
「私の愛おしい宗三なら、十月十日に孕んで証明できます。私しか、いないのですから」
「兄さま、必ず。必ず。もう一度、僕の中で子種を吐いてください」
柔らかい舌を追い求め、吸い返す。冷えた鼻先を温めるように寄せ合った。
兄と励めば、きっとややこを授かる。十月十日の芽吹きを、二人で信じた。
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