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	<title>NOVEL - 　　　</title>
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		<title>手を握るもどかしさしか知らない（薬→宗）</title>

		<description>

「・・・・・・宗三左文字と言います…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ <span style="font-size:medium;">

「・・・・・・宗三左文字と言います。貴方も、天下人の象徴を侍らせたいのですか・・・・・？」
研き上がったばかりの真っ新な刃に、桃色の投身が写った。審神者が降ろした付喪神、宗三左文字が綬肉し落とした影だ。不健康な白い肌を桃色の袈裟で申し分程度覆っている。女にしては固く、男にしてはたおやかな刀剣だった。
睫毛がぱしぱしと瞬く。色の揃っていない目が、揺れる。助けを求めるように、眼前にいる者へ問う。
「・・・？ここはどこでしょうか？僕は、一体？」
宗三の戸惑いは想像に容易い。薬研も同じ体験を、おそらくした。それ経て現世に降りてきた。
冷たい鉄を枕に眠っていたら、前触れもなく赤色に刺される。微温い赤だ。盛夏の日差しほど苛烈でなく、春に上る陽炎ほど微温くもない。
薬研はそれを眺めていた。体を持ち合わせて居なかったが、例えるなら「視る」に近い。
赤が揺蕩う。次第に一点に集まり群れる。ぐにぐにとした不気味な拙い玉が出来上がる。盛り上がり、波打ち、薬研にぶつけられる。
水浴びなど、可愛らしい量でない。しとどに赤が溢れ濡らす。赤がこびりつき、這う。
這うに拠り所などない。互いが互いを頼りに這って奔放に管を成す。管が重なり渦を巻き、薬研を包む。赤々とした巨大な塊が出来る。それは熟れた果実のようだ。
赤の中は、存外心地がよい。外からゆらゆら優しく揺さぶられる。いきなりの出来事に疲れ果てていた。とろとろ瞼が落ちる。眠りたい。眠るって何だろう。抱いた欲に疑問を見出だした途端、内側が窮屈になる。
耐えかねて、手を伸ばす。指が倒れる。何も掴めない。手は伸び、モノを掴む為にあるとここで悟る。挙動一つ一つがもどかしくなり、瞼を持ち上げる。
陽の目を浴びた時、人として形成された自己に気づく。次に、口が動く。操られるように喉から言葉が抜け出る。審神者へ自身へ向けて、一字一句名をなぞる。
後は茫然とする。降りかかった状況を飲み込めない。審神者から降ろされた経緯を聞き、そこで初めて、己が稀有な体験を得たと知る。
あの心地の良い紅い空間を、母親だけが子の為だけに持てる子宮に似た何かだと、薬研は考えている。
「つまり、歴史改変を企む輩と戦うために、僕は降ろされたと」
ふむふむと宗三が相槌を打つ。耳を傾けているものの、まだ視点が定まっていない。ぼやりしている。
目に飛び込んでくる色彩。鼓膜を打つ溢れた音色。肌を包む澄んだ空気。体目掛けて一杯に捩じ込まれる感性。
初めての一切に、稼働したての脳が馴染めていない。出来る精一杯は、自身の居所を掴むために身を留め、与えられる情報と現実を体に擦り込む。
全て薬研と赤子の刀剣が直面する軌跡だ。戸惑いながらも現実に向き合う姿勢は懐かしく、全ての始まりに胸が踊る。
寒い冬のこの日。二度目のこれを薬研が拝めたのは、燭台切りのお陰だ。近従だった彼が風邪を拗らせた。暇をもて余していた薬研は番を変わってやった。近従でなければ、貴重な場にお目にかかれない。
露濡れた桃色の艶やかな刀身が鞘から抜かれた時、薬研はこの刀を「宗三左文字」ではないかと期待した。勘が「この美しい刀は宗三左文字でなければならない」と囁いた。
織田の城で、宗三とは（その頃人の身は持ち合わせていなかったけれど）共に過ごした。馴染みある刀の来訪は嬉しい。
逸る気持ちを抑えて薬研は耐えた。困惑している間に話しかけても、悪戯に惑わすだけだ。腰を下ろしたまま機会を伺う。
審神者が一通り喋り終える。急須を持ち上げ、湯飲みに注ぐ。茶を飲み干す隙を狙って、薬研は口を挟んだ。
「よぉ、宗三左文字。俺っちは薬研藤四朗。同じ刀剣だ。よろしくな」
わざわざ宗三の近くまで寄った。中腰になって宗三が驚かないよう真正面から向き合う。できるだけ表情を緩め、親しみを込める。
「薬研・・？薬研藤四朗？」
宗三が表情を固くする。ぬっと身と手を乗り出す。薬研の体をぺたぺたと無遠慮に触る。
細い指先が頬や首筋を掠めて擽ったい。大人しいかと思いきや人懐こい。両手で顔を掴まれ、強い力で引き寄せられる。珍品の陶磁器を鑑定するかのような、慎重な眼差しだ。
「俺っちの顔がそんなに珍しいか？世の中には怖い顔も面白い顔もあるのに、俺っちの顔で驚いてちゃあ、身が持たないぞ」
勢いの衰えない宗三を冗談で和ませる。開かれた瞳に吸い込まれそうだ。近い。近い。鼻先が当たる。そして、痛い。頬を強く掴み過ぎだ。体を得たばかりで、力の加減が分からないのだろう。
薬研がここまで他人に距離を許すのは始めてた。もし宗三が懐刀を隠し持っていたら。呆気なく刺される恐い間合いだ。宗三が綺麗どころで、両手を封じてまで薬研を捕まえるから平気なのだろう。なんだが耳の裏が熱くなってくる。
「珍しいも何も。貴方、有ったんですね」
「・・・有ったてのは？」
宗三の言葉運びに、旧友を懐かしむ情緒はない。むしろ迷い子をようやく見つけて胸を撫で下ろす親と似ている。
「本能寺の後、貴方を見かけなかったから。なんだ、掘り起こされていたんですね」
「・・・」
「貴方が燃えたなんて、僕は悪い夢をみていたんだ」
刀身の有無について、薬研は答えられなかった。紡ぐ言葉を失っていた。身内の事のように喜ぶ宗三に、あろうことか見惚れていた。
（兄貴ってのは、居ればこんなもんなのか）
薬研は同じ銘の兄弟が多い。多くは弟だ。兄も一応三人いる。一人は未だ会えず、どんな性質か分からない。残り二人は記憶が焼け落ち奔放で、身の落ち着け所を誤り馬糞を投げる始末。無責任に放っておけず、手が掛かる弟が一人増えようが二人増えようが変わらないと腹を括り、まとめて世話を焼いている。
宗三にかけられた情心が嬉しかった。
薬研は他の短刀達より一目置かれている。小さな見目に似合わない肝っ玉のせいだ。大人の成りをした刀達は、それに充てられ驚く。「なんだこのガキ。ただ者ではないぞ」と。
山中で震えていた仔犬を見かねて抱き上げたら、実は痩せこけた小熊と知って腰を抜かす。落ち着きを取り戻すと「小熊だから大丈夫」と根拠もなく放免する。
大丈夫かどうかは、薬研の気持ちを聞いてから判断して欲しい。大人の勝手な早とちりのせいで、熱心に身を案じられたことなどない。面白くないが、薬研は文句を垂れなかった。仔犬の利を分かったところで、小熊は小熊の歩みしかできない。
いつも弟達へ与えているそれが、廻り廻って薬研に帰ってきているようで。情を厚く与えてくれた宗三に、軽率にも暖めていた兄の像を落としてしまった。自身の有無の大切な問題に頓着する集中を欠く。それだけ、宗三の笑みが眩しかった。
「まぁ、なんだ。改めてよろしくな。宗三。俺がここでの生活を教えてやるよ」
細い指を優しくほどく。薬研は耳の裏を掻いた。そして、審神者に訊ねる。
「いいよな、大将」
審神者が頷く。
決め事で、近従にはその日降りた刀の面倒をみる責務が伴う。
責務と言葉は大袈裟だが、簡単に暮らしと実戦を教えるだけだ。一緒に本丸を回って、戦に出す者もいる。どこで受け持った刀剣男子の手を放すかは、個人の裁量にまかされた。
薬研は抱える弟の数を理由に今まで放免にされていた。しかし、目をかけていた弟達も一人立ちした今はもう手空き。弟の次は大人の成りをした刀の世話、とため息を付きたくもなる。根っから世話焼きの薬研は、厭わない。
「まずは本丸の案内からだ。立てるか？」
宗三の手をとる。立ち上がらせた。
「えっ！？」
一歩足を差し出した時、力を入れるバランスを間違えて宗三が前にすっ転ぶ。綺麗に一回転して、畳に膝をついて止まった。審神者はこれに慣れていて、あらかじめ盆を隅っこに寄せていた。
「・・・？」
「こりゃあ、綺麗な着地だ。見事だぞ」
宗三は目を白黒させながら身を起こす。身に何が降りかかったか分からないと、薬研に視線を寄越す。転びながらも敵を想定して刀を掴んだ所を見ると、気骨はあるだろう。薬研は隠さず笑った。情けなくすっ転ぶ姿を見れるから、近従を止められないのだ。
「最初は誰もが転ぶんだよ。俺もすっころんで湯呑を倒した。な、大将」
「襖に体の大きさと同じ穴を開けたが。頭打って覚えてないかな？」
「それは襖の向こうに、敵の気配がしたからだって言ったろ」
懐かしい話を自ら掘り返す。審神者は肩を潜めた。これも授肉した者への洗礼だ。何事も最初は上手くいかないと、体で教えてやる。
「容易く折れてくれるなよ」と桃色の薄い背に、語りかけた。
「まずは、生活に慣れろ。日が昇れば目を覚まして、落ちれば眠ればいい」
直ぐに戦に立てると、薬研は教えなかった。生活についてのいろはを語った。順応なものは次の日にでも戦場に立出て首を狩る。首を狩れる者は体感が良い。体感が良い者は人の生活を容易く物に出来た。
宗三の身のこなしから、体に慣れるまで手間がかると薬研は判断した。兄弟を育てた事で培った目利きだ。「戦の経験はそんなに」と宗三も白状したから、間違いはない。
同じ性質が五虎退だった。体の扱いと奔放な虎の世話に四苦八苦して、最初の頃は覚束なかった。戦場でおどおどしていたものの、今では達者に敵の急所に潜り込む。経験を積めば、問題はない。
問題があるとすれば、宗三の本丸での挙動だ。その背は余りにも、頼りない。
宗三は台所に立っていた。包丁を握って、まな板の上のじゃがいもと向き合っている。
「薬研、じゃがいもは一口大に切って正しいですか？」
人参の皮を剥く薬研に問う。肉じゃがを夕食の献立に上げるのは四度目だ。包丁の使い方も、好きな醤油の濃さも宗三は覚えている。
「宗三がしたいようにすればいい」
「本当に僕の好きにして、正しいのでしょうか」
いちいち許可を求める宗三の癖に、薬研は頭が痛くなった。宗三は「正しさ」を常に気にかけている。宗三が欲しているのは、善悪の「正義」でない。例えば右手には箸を持ち、左手にはお茶碗をもつ食事の作法だとか。畑に水をやるとき、葉っぱではなく根元の土にかけてやるだとか。些細な間違いを恐れて、いつも薬研に問う。正しさに脅されながら生きている。
「じゃがいもの大きさなんざ、誰も拘ってないだろ。上げた首級の大・小なら、話は別だが」
もっと肩の力を抜くように促す。仔細に拘りすぎると身動きがとれなくなる。
「分かってはいるんですが・・・」
ようやくじゃがいもに刃を当てた。煮崩れも考え、大きめに切る。
宗三の心配は止まない。薬研は嫌な予感がした。山をはってみる。
「何か言われたろ？」
「分かりますか」
「まあな」
トン、トン、と刻みの良い音に宗三が言葉を混ぜる。
「燭台切りに言われたんです。『君は常識を知らないから、僕が正しいことを教えてあげよう』って」
「あの馬鹿」と薬研は舌打ちした。
燭台切りは底のない自信家だ。自分は正しいと信じれる部類の刀だ。「格好よく」の彼の口癖が、全て物語っている。
自信を内に留めて置けば良い。だが、燭台切りは自身の正しさを他者に与える。分け与えることで、他者も幸せになると無垢に信じている。審神者に同等の格好良さを求めてしまうのも、お節介の一環だ。
本人に悪気はない。格好良さの手本となるべく、日ごろ意識して細々と動く。それを「世話き」と好ましく甘える者も居る。薬研も燭台切りの長所として受け止めていた。裏目に出ない限りは。
燭台切りが宗三に声をかけたのも、もちろん、彼の自信を分けて一緒に幸せになろうとしたからだ。嫌みはない。生活になかなか馴染めず、部屋に一人引きこもる暗さを見かねたのだろう。
ただ、選んだ言葉が馬鹿に素直だった。それを馬鹿真面目に受けた宗三も、無垢で悪い。目の届かない所で、大きな巻き込み事故が起こっていた。
「丁寧にお断りしましたけど」
「断った癖に、宗三は言われたことに納得してんだな」
「ええ。僕はあまりにも籠の生活が永すぎましたから。空が高いなんて忘れる程に」
あっさり固定する。
「彼は伊達の家に渡り、戦に立ち、明らかに僕より人の生活に触れていた。本丸にも早く降りていましたよね。僕が特殊であって彼の方が人並みと、客観的に捉えるのが普通でしょう」
垂れ落ちた髪を耳にかけ直す。薄い手が瞼に影をつくる。
「僕は考えを持っていても、それが皆の考えと違う可能性が高い。我を通してもいいのか、料理をする作業の中でも分からない。だから、段々と外に居るのが億劫になるんです」
芽を落とし忘れたじゃがいもを見つけて、刃を立てる。削いだ。
「外に憧れはしますが、籠の中にいた方が楽に思えて」
それで、対面する全ての物事に及び腰なのか。好きで部屋に籠っていた訳でない。外に焦がれる気持ちはちゃんとある。
「宗三はよくやってるぜ。苦手な料理も最初に比べたら上手くなった」
「まな板を真っ赤な血で染める真似は二度としたくありません」
宗三が口を拗ねらせる。あれほど野菜を支える手は猫のように丸めなさいと教えたのに、宗三は玉ねぎと指を二本切り落とした。
「薬研、指が落ちたのですが」と眉ひとつ動かさず事後報告するものだから、薬研の方が肝が冷えた。包丁の扱いに慣れた今となっては想像できない。
「もっと自分に自信を持って良いと思うぜ」
背中を叩いて押してやる。
「その様子じゃ、今まで溜め込んでたこともあるだろ？何がしたい？宗三はどうしたい？」
「僕は、そうですね」
しばし黙って悩む。切り終わったじゃがいもを、まな板に滑らせ鍋に入れていく。
「戦に出てみたい、ですかね」
「箱入り娘みたいな生活してた奴が、戦か！まあ、そうだよな！」
本丸の生活に慣れることを優先して、遠征にすら出していなかった。戦う為に降ろされたのであれば、戦場立ちたいに決まっている。
しかし、一番初めにやってみたいことが、戦に出て血を吸いたいだなんて。いや、刀の本分なのだから、何も間違っていない。今まで塞ぎこんでいた男が腹に抱えるにしては物騒な望みだと思ったのだ。愉快になって腹から声を出して笑う。
「それじゃ、俺と手合わせだ。一人立ちするまで、責任持って面倒みてやるからな」
もう寂しい思いはさせたくない。薬研は吐き出した言葉の重さを、自身の胸に刷り込ませる。宗三の世話に、本腰を入れようと決めた。
「頼りにしてますよ」
「手始めにこの人参を成敗してくれ」
剥き終えた人参をまな板の上に乗せる。宗三の背筋がすっと伸びた。鬱々しくない姿勢もできるじゃないか。宗三は人参をやっつける傍ら、他にやりたい事を三つ四つ続ける。
「弟と、小夜くんと話してみたいですね」
薬研は気がつく。照れる宗三の緩やかな笑みは一等特別だと。









薬研はこの日、出陣だった。第一隊だ。長篠へ遡る。
暖かい日差しを浴びながら、門で他の隊員を待つ。戦支度が整い集合場所に来た。少し早かったようで、誰も来ていない。
空をのんびり羽ばたく蝶を目で追って暇を慰める。蝶が門を潜り、畑の方へ飛んでいった。蝶と入れ替わりで、屋敷から見慣れない姿の大人と子どもが出てくる。
「よぉ、今ら街に降りるのか」
声をかけると、宗三が「ええ」と相打つ。
宗三は髪をすっきり結い上げ、桃色の髪を目立たないように纏めてた。格子柄の着物に紺色の羽織を合わせている。着るもの一つで、背格好の良い粋な男に変わるから不思議だ。
隣の小夜はかまわぬ柄の着物に袖を通している。笠は余程気に入りなのか、しっかりと首にかけていた。笠があれば身の丈も大きくなる。迷子対策を兼ねているのだろう。
雑多に馴染める地味なよそ行きの服装だ。ひと目で、街へ降りるのだと分かった。
「小夜くんがお小遣いをようやく貯めたので買い物へ。僕も連れて行って貰うんですよ」
宗三が繋いでいる小夜の手を引っ張る。小夜は薬研と目を合わせず、控えめに顎を引いた。
屋敷は近代の横浜に通じている。幕末の乱を駆け抜け、薩摩と長州が政権へ本格的に乗り出した時勢だ。
武器の主流が刀から大砲変わった。刀剣たちの主の息も消え失せた時代が、生活の場に好ましいと政府は判断したのだろう。
また、外交貿易の中心地横浜であれば、毛色が違っても溶け込みやすい。外人など開国した横浜の地では珍しくない。人の色も食事の匂いも服の形さえも、ごったに共存できる界隈へ刀剣男子が混ざって誰が気づこうか。
審神者の許可さえあれば、非番の日に街へ降りられる。刀剣男子へ用意された息抜きの場だ。ただし、短刀は大人の付き添いが必要。
「お、小夜何を買うんだ？」
「・・・秘密」
「おや、僕には教えてくれたのに、薬研には秘密ですか」
恥ずかしがる小夜を眺めて宗三はにこにこいる。
(宗三は垢抜けたな)
目を細めた。人の生活に宗三は慣れた。戦で誉れをとるようになった。籠の中の安寧を好む宗三は、本丸から消えていた。
宗三を立派に独り立ちさせた薬研としては、感慨深い。
すっかり兄らしく振る舞えるようにもなった。小夜を可愛がり、気遣って時には叱る余裕も生まれた。そして、よく笑っている。宗三が笑うようになった一員は、何も生活に慣れたためだけでない。宗三も、弟になったからだ。
「宗三、小夜。ここで何を？」
二人の兄が現れた。名を江雪左文字。左文字兄弟揃いの袈裟と、細絹の髪をなびかせる。珍しい太刀だ。宗三と同じ切れ長の目をしている。思慮深く、軽はずみな発言はしない。その身色と寡黙さが相まって冷たい印象を受けるが、いつも温かい眼差しで弟二人を見守っている。
「戦に出る兄さまの見送りです」
「街に降りる格好で良く言います」
「私は戦に行かねばならないというのに・・」とごねる。江雪は殊に戦が嫌いだ。出陣の任が下るとなると、出立から七日前に知らさなければ心の整理がつかず本人は出ない。宗三と違った、ある種の引きこもりではある。だが、戦場に経てば腕は百人力。無下にできない存在なのだ。薬研は江雪を「矛盾の塊」と評している。
「兄さま、小夜くんが頼りになる兄さまを見たいと！ね、小夜くん！」
「・・江雪兄さまなら誰にも引けをとらないよ」
江雪を表に引っ張り出すのは、今や宗三と小夜の役目だ。言葉を匠に使って重い腰を上げさせる。今にも本丸へ帰りそうな気を察して、宗三が江雪を盛り立てる。小夜にも同意を求めた。
「薬研、兄さまをよろしくお願いします」
「私が隊長ですが・・・」
宗三が小声で話しかけてくる。それが聞こえてしまったようで、江雪がため息をこぼした。
「・・兄さま」
宗三が江雪の腕を引く。耳元で、何か呟いた。江雪の眉の皺が浅くなる。閉ざされた唇が弧を描いた僅な瞬間を薬研は見逃さない。
第一隊の残りの刀が集まる雑音に邪魔され、何が交わされたのか聞こえなかった。兄弟こそ知り得る話なのか。見せつけられたようで、薬研は面白くない。
「いってきます」
江雪が先頭に立ち、出立した。門の前で、宗三と小夜と集まった留守番組に見送られる。その中に、一期一振や厚藤四郎といった、薬研の兄弟も混じっている。照れくさいと思いながら、それでも嬉しくて手を振り返した。
薬研は江雪の後ろを歩く。高い背を見上げる。
あれが左文字兄弟の雰囲気か。独特の空間に、薬研はついていけない。兄弟にしか生まれない、密な空間が恨めしい。
宗三は小夜の為に兄になり、そして江雪のおかげで弟になれた。守るべき同じ銘を得て、また強くなってしまった。
自分で言葉を選び気後れせず話す。戦も怖がらない。いよいよ距離が遠くなる。
兄弟達の独り立ちは嬉しかった。人の命を預かる任が解かれてほっとした。宗三が巣立った時も、全く同じ感情を抱いた。
なのに、宗三を手放した今が、ものすごく虚しい。暗い穴の中に一人取り残された、虚無がある。
薬研が出来ることと言えば、宗三の愚痴と兄弟の自慢に付き合うだけ。織田の話をしても、良い思い出が無いのか慎ましく黙り込んでしまう。
薬研の目前で、ひらりと袈裟が裏返る。宗三と色違いのそれが堪に触る。江雪がすらりと刀を引き抜いていた。伸びた刀が、敵の左胸を苛烈にさく。そこで我に返った。戦が始まっている。
「薬研！！！」
（あ、）
戦に出て、彼の強さを叩きつけられた。赤い憎しみの色を纏った大太刀が、薬研に穂先を向けていた。現実に打ちのめされる。敵の刃が柄まで通りかかった。
(クソが！)
足掻きに吼えたが、上手く鳴けなかった。目の前がバチッと光る。衝動に意識を奪われる。
また、最初の赤へ向かって落ちた。
薬研は赤い塊の中に漂っていた。最初の場所だ。
再び巡るもどかしさに、膜を破ろうと手を伸ばす。指が赤を掴む。赤子の肌のような温もりに、一瞬気が引ける。肩を振り上げ勢い良く引っ張る。果実のように裂けた赤の隙間から、光が指した。
薬研が眩しさに瞼を持ち上げた時、視界に天井が写った。見慣れた本丸の天井だ。薬研はゆっくり右へ顔を傾ける。
「！！」
激痛が走った。手足の関節がじわじわとした熱で熟れている。悲鳴を上げる喉も潰れ、息を短く吸う。ひゅうっと息が抜けた。拙い笛の音だ。
(喉が抉れて穴が空いても生きてんのか)
刀身が破壊されない限り、肉体は襤褸切れになっても地を這える。付喪神のご都合主義には感謝しなくてはならない。
刀身を専属の職人が手入れしていた。ふと、彼と目が合う。にこりと、薬研に笑いかけた。薬研が手負いになってすぐ隊は本丸へ引き返したのだろう。顔に指す影はまだ明るい。
「薬研、気がつきましたか！」
一期一振の弾む声音が聞こえた。苦悩で歪んだ優しい顔に薬研は覗き込まれる。
「私が見えていますか？」
「ぃ・・」
声がない。指先から伝わる細やかな感覚もないから、腕も失っているのだろう。被された布団の下にある四肢は、散らばっているに違いない。
「無理に動かないでください。今、手入れが始まったばかりです」
安堵が混ざった声音はまだ緊張している。兄弟に手厳しい一期一振が叱ってこないとなると、薬研はよほど重傷らしい。兄に弱った顔をさせてしまい、後ろめたくなる。
「刀身を抜き遅れたのが幸いして、破壊を免れたのですよ」
「悪運が強くてよかった」と頭を撫でてくれた。
薬研は錬度が高い。重症な分、手入れに時間がかかった。職人の腕は確かで、時が流れるにつれて傷も癒える。薬研の腕が繋がった頃、一期一振の許しを得て兄弟達がどっと見舞いに押し寄せた。厚藤四郎には「薬研も怪我するんだな」と失敗を茶化される。乱藤四郎は「薬研の馬鹿！馬鹿！敵に柄まで通されてどうするの！」と鬼の形相で怒った。自身にも兄弟が居て、わけ隔てのない愛情を受けていると改めて知る。
兄弟だけでなく、他の刀もそっと顔を覗かせた。遠慮がちに二・三薬研へ励ましの言葉をかけてくる。揃って肩を撫で下ろし出て行く。人の心とは暖かい。
日が暮れた頃、宗三も訪れた。街から帰ったばかりなのか、着替えていない。薬研が手負いになったと聞いて、飛んできてくれたのだろうか。髪が乱れ解れかかっている。
「一期一振が、ちょうど兄にお礼を言いに来られて。何事かと来てしまいました」
江雪に助けられたなんて、知りたくもなかった。だが、落ち着きのない宗三にお目にかかれて嬉しい。
「具合はよさそうですね」
「大人しく寝転がってたからな」
薬研の喉も塞がり、言葉を取り戻していた。身を起こそうとすると、止められる。
「長居はしませんから」
薬研は途端に萎えた。宗三が兄弟の所へいってしまう。与えられる時間が短か過ぎる。
「俺は、平気だ」
「怪我人が何を言いますか」
薬研はむっとした。
連れない宗三が、腹立たしく思えた。手負いとはいえ薬研が良いと言っている。ずっと座っていて構わない。気を使う仲ではなかっただろう。
授肉した日に転んだ恥を見たのは薬研だけ。小夜と仲良くなりたいと、秘密を打ち明けたのも薬研だ。戦場に初めて立ち、敵を切った感覚に両手を挙げてはしゃいだ宗三を誉めたのも薬研。
薬研しか知り得ない宗三がいる。宗三はそれを、過ごした月日を忘れたとども言うのか。よそよそしい宗三が憎い。
(憎いな。宗三が)
宗三へ抱いた不の感情に薬研は驚く。怒りを表に出さないよう、深呼吸。頭が冷え、整理が出来た。
(憎いんじゃねえな。こりゃ嫉妬だ)
薬研は怒りの答えを見出だす。一人を想って嬉しくなり、寂しくなり、憎くなる。これは人がする、恋だ。
「宗三、待ってくれ」
声を振り絞って宗三を呼び止める。思いついた事を、言わなければと思った。
「宗三左文字が欲しい」
この時本音を言えたら、どんなによかったか。
宗三が別の男に心底惚れぬいている。そっちと多少の男遊びに夢中。それを当人の口から知った薬研も簡単に胸打ちを明かすほど幼くない。
どうすれば、気付いてもらえるか。宗三をあの男から奪えるか。まずは掴まなければと思った。
離れる背を指を加えて見送るのは癪だ。好いた相手を引き込む為に、手はあるのだ。赤い膜を引き裂く感覚で、恐れずに思い切りよく。生のいろを赤の中で知らずのうちに覚えたはずだ。
「？具合がよくありませんか？」
「いいや。ちょっと、寂しくてな。傍にいちゃくれねぇか」
「おや。貴方も子どもらしい所があるんですね」
目元を緩ませる。腹の中で「可愛い」やらとほざいているに違いない。
「一期一振を呼びましょうか？彼なら甘えても、恥ずかしくないでしょう」
「嫌だ。情のない顔を見せたくねえ」
腕すら欠けた無情な姿はとうに見せた。今更何を恥ずかしがる。
「意地っ張りですね」
「可愛いげがあるだろ？」
「・・その正直さに免じて、一晩付き合ってあげますよ。散々、面倒を見てもらいましたし」
「なら、手間が一つや二つ増えても構わねぇよな」
「面倒事は手一杯でお断りしますが」
「手を、繋いじゃくれないか」
「手を？」
「体に繋がったばかりで、どうも冷たくってな」
血が通っていなかった腕は鉄だ。くっついたものの、酷く冷たい。指先の感覚がないくせに、しっかり痛みが伴う。体の一部と主張してくるのだ。
宗三が布団の中に手を入れる。細腕にそっと触った。顔色が「可哀想に」と訴える。
「すまねえな」
薬研は幼い顔が映えるよう、口元を歪ませた。
礼を言うと、宗三が静かに笑った。薬研はその緩やかな顔に何度となく見惚れてきた。
（ようやく、ようやく掴めた）
感覚のない手力を込め、指を絡ませる。宗三が「おや？」と首を傾げる。
油断しきっている腕を、自身の方へ思いきり引いた。宗三の体が傾く。薬研は細身ごと抱き止めた。ようやく手を掴めてこれから、というところで猛烈な睡魔に襲われる。
予定外だ。
手入れ中、どうしても寝付けなかったツケが、大切な場になって襲ってきた。間の悪い。体が欲してしまえば逆らえない。宗三の体が暖かいせいでもある。
「眠い、宗三」
抱き止めた所でこれ以上何をするか、薬研は考えていない。むしろ恋の駆け引きや閨事のいろはに、身の丈同等に明るくなかった。押し倒せば、何か変わると信じていた。誰かの部屋で見かけた春画も、男が女を押し倒してどうにか仲良くやれていた。
頭を宗三の肩に預けた。体を刷り寄せ、懐に潜り込む。宗三の甘い匂いに薬研の脳が溶かされる。
(弱った仔犬のふりするのも、悪くねえな)
この突発的な行動も、幼さからくる甘えで許される。手入れ職人から見れば、弱った薬研が大人の宗三に子どもらしく甘えている微笑ましい絵になっている筈だ。震える仔犬が暖かい腕に抱かれているのだ。邪魔せず見守ってくれ。
「薬研・・？？え？」
薄れ行く意識の向こうで、宗三が戸惑っている。薬研は満足していた。宗三に唾くらいはつけてやれた。掴んだ手も放してやらない。握った手のもどかしさの意味を、まだ宗三は知らなくていい。
震える仔犬を繕ったまま、眠った。 目が覚めたら、小熊の歩みで宗三を虎視眈々と狩ろう。
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		<title>ずるい兄の腹のした</title>

		<description>

菜種梅雨が明けた。
弥生の終わりに…</description>
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			<![CDATA[ <span style="font-size:medium;">

菜種梅雨が明けた。
弥生の終わりに、曇りや雨ばかりのすっきりしない天気が続いた。誰しも「まだ寒い。春はまだかまだか」と冷えた手先を擦り寄せる。柏手にも似た手祈りが重なったお陰か、暖かい日差しを抱えた太陽が青空に登った。
それを待ちわびていた多くの花々がつい昨日、一斉に蕾を綻ばせた。
「いよいよ春が来るね」
春の来訪に喜びをあげたのは歌仙兼定だった。僕ら左文字兄弟が揃う部屋にわざわざ訪ねきて騒いだ。
僕は小夜の髪を梳いていた。撫でても撫でても癖の強い髪は跳ねかえる。兄が持ち合わせていない、弟二人だけに与えられたこの癖が僕は好きだ。僕に強さを誇る青の身色がない分、少しでも兄弟らしさを見出だすと縋ってしまう。だから暇があれば固い髪を梳いて、大切にしている。
三人分の布団を敷いていた兄・江雪は、歌仙へ煙気に眉を潜める。取り合わないず、枕を三つ抱えるとそれぞれの布団へ並べていく。
「うんうん、梅も満開。庭の桜の木を見たら、一輪ほど花が咲いていたよ」
桜の開花情報を尋ねてもいないのに告げてくる。囀りで春を教えてくれる鳥が夜中に迷い込んだかと、僕は錯覚してしまう。朝と夜を間違える鳥も居たものだ。
「鶯はいるから、歌仙はメジロかな・・」
小夜も僕と同じ勘違いをしたらしい。櫛を当てていた頭から、ぼそりと小言が聞こえた。僕は笑う。歪な間柄でも考えが似通うと愉快になる。
「歌仙、何？こんな夜遅くに。帰る寝床を間違えているの？」
小夜が障子に持たれる歌仙に問う。
「案内しようか」
単に揄っているのか、真面目に心配しているのか。小夜が珍しく世話役を買ってでる。本当に部屋まで送ってやるつもりで、中座までする。
小夜は歌仙相手だからこそ容赦ない。歌仙の持ち手であった細川忠興は曲者で、彼も僅かにその質を引き継いでいる。突拍子に悪い質が表へ出ないか、小夜なりに気にかけているらしい。細川家で朝夕共に過ごし、嫌になるくらい気が知れた証しだ。
「まさか。僕は帰る部屋を間違えるほど子どもでないよ。小夜、腰を落としたままで構わない」
歌仙も小夜の手合いには慣れている。さらりと受け流す。小夜は歌仙が目的があって部屋まで尋ねたとわかると、大人しく座り直した。
「僕は宗三を誘いに来たのさ。酒を傾けよう」
右手で杯を傾ける真似をする。
「はあ、酒ですか」
生ぬるい声音で返した。時折、「風流な面子で酒を飲みたいんだ」と主張する歌仙に僕は誘われる。
歌仙は僕を風流と括る。長い間天下人の手の内にあり、そこでしか触れられない広く浅い見識を買ってはいない。歌仙の話に容易く相槌をうつ軽さが、酒の席では丁度良いらしい。誘われるだけなら別段驚かない。
「突然ですね」
馬当番で顔を合わせたし、もちろん大広間で夕餉を共にした。計画があれば、昼間に僕を誘う時間はあった。
「雨が止むのも突然だろう？そこに風流が必然生まれるのならば、それを肴にするべきだ。あるべき風流に敬意を払うべきだ」
「要は、歌仙が飲みたくなったんだね」
僕が心に止めていたことを小夜が代弁してくれる。的を得られた歌仙がそれを隠すように咳払う。
「新しい酒の飲み方を教わってね。試してみないかい？ツマミも用意してある。手持ち無沙汰でもかまわんさ」
来なければ損をするぞ、と言わんばかりに豪語する。
僕は戸惑う。降って沸いた話だ。飛びついて行く程の誘いではないが、無下に断りを入れては勿体ない。兄弟と静かに過ごす夜は好きだし、酒を舐めて心地よく酔うのも一興。
遠慮のない本音を語れば酒は飲みたい。気のおける飲み仲間とではなく慕う兄と、であるが。柄でもない睦言を交わして酔ってみたい。
しかし、ネズミの心臓より小さくてちっぽけな願いは叶わない。兄は身体を惑わすからと酒を忌避する。頭の内側までとろとろになる僕との交わりは好きなくせに、変なところで潔癖だ。
些細な願いは実現不可能。ならば、容易く手に入る酒だけでも飲みたい。僕は自分から席を設けるほど多忙でないし、酒に触れる機会が本当に久し振りで気持が揺らぐ。
「行っても良いですか？」と兄に視線で強請る。立てるべき兄が居れば、その許しを請うのが可愛い弟の姿だ。
「・・・・・・夜更けに、お前が出歩くのですか」
沈黙が長かった。兄は不信の眼差しで僕を深く疑っている。ただでさえ不貞な弟が酒を飲みに夜中出回る。春の野山に盛ったウサギを放つようなものだ。「どうせ帰ってこないでしょう」と余計な勘ぐりで追撃される。
僕は「兄様が居る夜にわざわざ他の男を選んで交うほど酔狂じゃない」と反論したい。貞淑さが表立って見えないだけで、ちゃんと残してはいるのだ。
「日は暮れたばかりだ。床入りの早い三日月だってまだ起きている」
「・・宗三兄さま、付き合ってあげてよ。歌仙がまともな思い付きをするなんて、そうとう飲みたいんだ」
「あの鬱憤を貯めた顔を見ればわかるよ」小夜が言う。嫌でも同じ箱庭で暮らしていた分、歌仙の感情の機微が分かるのだろう。
「後は自分でやれるから」
小夜は僕が持っていた櫛をとる。鏡も見ずに櫛を動かし始めた。気が付けば、小夜が僕の肩を持ってくれていた。
「行ってきなさい」
兄の大きなため息が零れる。
「兄君から了承がでたね。行こう」
「ほどほどにして帰ってきます」
後ろ髪を引かれながらも、一言残して部屋を出る。歌仙と連れ添って酒の席へ向かった。小夜の一声には、やっぱり兄も甘い。僕と同じだ。後日、食べたがっていたちょっと高めのお菓子をお礼に買ってあげよう。
残された兄弟二人。春の荒しが去った静けさに、呼吸を漂わせる。一人分の息がいきなり欠けた部屋は物寂しい。
「宗三兄さまは、最近忙しいね。一昨日の夜は織田の人の所へ行っていたし、昨日は手入れ部屋に居る薬研に会いに行ったきりで」
小夜がぼやく。珍しく身が落ち着けない宗三を追うように、締められた障子を眺めた。持っていた櫛を箱に納めると、江雪の袖を引っ張る。
「兄さま、本を読んでよ」
「・・はい。みたい本があるのならば、選びなさい」
小さく顎を引いた。部屋に備えられた小さな本棚に近付いた。
「ごんぎつねを読んで」
「気に入りの本でなくて、良いのですか」
小夜が狐の絵が描かれた本を持ってきた。小夜の好みは短刀達の流行りに感化されやすい。今は戦隊シリーズという、善が悪を凝らしめる一方的で分かりやすい物語に夢中だ。何でも二百年近く続くシリーズで、本丸の図書館にも色とりどりの分厚い本が並んでいる。
ごんぎつねは道徳的な本で、江雪が親心でいつも選ぶ。小夜がわざわざ江雪の好みに合わせるとは珍しい。間違いがないかと確認する。
「今日はこれがいいんだ」
「そうですか。読む前に布団に入りなさい」
小夜を布団に入れてやる。二人並んで腹這いになって、絵本を追う。小夜の左肩がもの寂しい。三人そろっている夜は、小夜を真ん中に肩を寄せ合って眠る。温かく寝心地が良い筈だ。
「江雪兄さまは、宗三兄さまが居なくても平気？」
ふと、小夜に問われる。ちょうど本を読み終えたところだ。
「どうして、そのようなことを？」
「久しぶりに三人揃う夜だったのに、江雪兄様は止めなかったから。歌仙が辛そうだったから、僕は宗三兄さまを貸してあげてしまったけど」
大きな瞳に瞼がとろとろ覆いかぶさる。
「僕は江雪兄さまも宗三兄さまも居ないと、寂しいかな」
すーと寝息を立てて落ちていく。江雪はまた、ため息を溢す。小夜の体に寒くないよう布団を丁寧にかけなおした。






歌仙の部屋に着く。馴染みの刀が揃っていた。
「先に頂いているよ」
蜂須賀は猪口を持ちあげる。煌びやかな内着を纏って、ゆったりと胡坐をかいている。
そこにへし切りもいた。僕を見止めて少し眉を潜めるも、何も言わず酒を舐める。
へし切りは内着でなかった。私室へ帰る途中で捕まったのだろう。カソックを脱ぎ、白いシャツの首元を緩めている。随分寛いでいた。
へし切りと目が合わさる。僕は無言で自分の左鎖骨を叩いた。「一昨日の夜、僕が貴方に跡をつけたんですけど。気づいてませんか？」と問う。慌てて首元のボタンを締めるへし切りが滑稽だ。
「この面子になるんですね」
「僕は僕が思う「風流」の面子しか集めないからな」
数名の打ち刀だけ集めた飲みだろうと薄々は気づいていた。歌仙の夜の誘いは、だいたいこれだ。
膳にツマミが並べられている。品の良さそうな和菓子や淡い色の漬けモノ数種。火鉢が二つあり、それぞれたっぷり炭がくべてある。
火鉢の口に金網を引いて、一つは薬缶が置いてある。注ぎ口からゆらゆらと白い湯気が登っていた。もう一つは鍋で、とっくりが数本浸かっている。
酒と食べ物と火鉢と飲んだくれた男数名。これが風流と呼べるのか、首を傾げる。歌仙が風流と言えば風流になるのだろう。
座布団をとって、火鉢に寄る。夜はまだ寒い。濡れ縁を歩いているうちに、体がすっかり冷えてしまった。へし切りが頬を染めて美味しそうに酒を楽しんでいたので、ちょっかいを出す。僕も早く温まりたい。
「それなんです？」問いながらへし切りの手から椀をとる。
「河豚の酒だ。少し飲んでみろ。少しだけだぞ」
「ふぐ？」
ぷくっと頬を丸々ふくらませる、あのフグか。
干したヒレフグが焼いてあった。それをお椀に入れて日本酒を注ぐ。マッチで火を擦り、ヒレを焼くと香ばしさが増すらしい。優しくかきまわした後、蓋をして蒸せばできあがる。飲むときは浸したヒレの取り出しをお忘れずに。
「蜂須賀が、下町に降りた時に酒屋で教わってね。そこの旦那が下関の出だったんだよ」
「それを歌仙に話したのが運のつきだ」と酒盛りに至った経緯を語る。
僕は猫のようにちろりと舌先を当てる。初めては何事にも臆病だ。
「美味しいですね。初めての味です」
焼酎に魚の旨みが染みている。これが、歌仙言っていた新しい飲み方か。確かに、酒でダシをとる飲み方も珍しい。少しと念押しされた言葉を忘れて、一滴残さず煽った。干した椀を返す。
「お前！」
へし切りが怒鳴る。まるで、自分の獲物を横取されて怒るカラスのよう。人の喉元をイヤらしい目で見て何をいうか。
「酒を一杯干されたくらいでごたごた言わないでください。技量が狭いから、貴方はまだ下げ渡された過去を引きずるんですよ」
「一番ごだごだ囀るお前が言うか」
「言ってますっけ？僕」
「へし切り、宗三、酔いの喧嘩にしては早い。もう酔ったのかい？」
一発触発の雰囲気を蜂須賀が茶化す。へし切りはふぐを齧りつつ、しぶしぶ新しい酒を作る。風変わりな酒を好むへし切りは気に入ったらしい。膳の横に、ヒレ酒用の器が三つ並んでいる。二つの器の底にはヒレが転がっていた。歌仙も蜂須賀も味見を済ませた後のよう。
「宗三、持って来たよ」
「どうも」
待ちわびていた酒が僕の手元にやってくる。茶色の液体が詰まった瓶を受け取った。
ウィスキーという、外国の酒だ。へし切りが主の戯れに預かったとかで手に入れた。
へし切りの部屋で見つけて、僕はもの珍しさに強請って飲ませて貰ったのだ。「主から賜ったものを、お前に飲ませられるか」とへし切りは強く拒んだが、僕の体を引き合いに出せばあっさり口にさせてくれた。主命も傾国の体で折れるのだから安い。
初めて口にしたとき、これは好きだと思った。麦の香ばしさが鼻腔と喉奥を掠る。
日本酒にはない麦の風味が僕にあったのだろう。へし切りは同じ麦なら日本酒だと譲らない。どうせ飲まないからと、主から貰っては僕に渡してくれるようになった。
毎夜嗜みはしないので、酒を飲む機会が多い歌仙の部屋に取り置きして貰っている。
「氷もあるよ」
「抜かりないですね」
「もちろんさ。僕が用意したんだからな」
桶に入った氷ががしゃんとなる。
「僕が作ります」
もう氷を砕いてくれていたようで、口の広いグラスに塊を投げ込む。栓を開けたボトルから、黄金色の酒を注ぎこむ。
酒を氷で薄めながら飲むのが、僕の嗜み方。一口飲んで、時間を置いて。次に口に含む時、違う濃さを楽しむ。
「宗三は古風を重んじるかと思えば、案外歌舞いてるよね」
「歌舞のも楽しいですよ。蜂須賀もどうですか？」
「あいにく、俺はこれで腹いっぱいだ」
グラスを傾ける僕を、毎回おちょくるのは蜂須賀だ。蜂須賀の方が身の丈は十分西洋に歌舞れている。熱々に温めた熱燗しか口にしない偏食家は意外と懐古主義で可愛い。
「おい、歌仙。飛ばしすぎだぞ」
歌仙が一生マスに注がれた純米酒を高く持ち上げくーっと煽る。風流を忘れた漢らしい飲み方が歌仙の心意気を語っている。
各々好みの酒を舐め、ツマミを租借し、下らない話に興じる。
下町の薬屋が亜米利加から人を惑わす秘薬を仕入れ暴利を得ているだとか。五虎退の虎が迷い猫と火燵で肩を寄せて寝ていたとか。池の鯉がそろそろ卵を産むから見張っていろと刀の本分と違う主命を賜ったとか。
宵の口か回れば自然と話は僕らの本分に移る。口火を切るのは歌仙だ。
「最近太刀中心の隊編成が多いと思わないかい？僕らはほぼ第一線から消えてしまった」
戦況が厳しくなるにつれ、余程鍛練を積んだ打ち刀でないかぎり、第一線の隊から外される。主流は太刀や大太刀だ。認めたくはない「性能」の差がどうしても表沙汰になる。性能に追いつけない身をどこにおこうかと、暗に嘆いているのだ。
僕も、似たような嘆きを兄にだけ溢した。「戦場に立たない事は有難いことです」と顎の裏を撫でられ終わった。
歌仙が今荒れているのも、第一隊からいよいよ外されたからだ。深く憤る大人げない姿もできず、戸惑っているのだろう。だから、唐突に愚痴の溢しあいの席を設けた。
「まあ、第二部隊・第三部隊にも仕事はある。戦場から遠ざけられる訳でもない。そう言うな」
専ら近従勤めのへし切りが宥める。僕も蜂須賀も酒を撫でるように傾けて、慰めの言葉はかけない。かけ合ったところで、酒が抜けた後余計惨めになるだけだ。
「まさか、太刀に勝りたいなんて抜かすんじゃないだろうね。力の差は歴然だろう。それを覆すのは大変だ」
「そこで僕は考えたのさ。投石の錬度を上げて、白刃戦の前に刈りつくしてやればどうだ」
蜂須賀が歌仙を茶化す。すると茶化された歌仙は胸を張った。ただでは転ばない良い性格だ。僕はあるがままを受け入れて、もう花形の第一隊への憧れなど捨てている。
「落とせると思うかい？」
「へし切り、この間の戦、投石兵で打ち刀を落としましたよね」
「ああ、あれは運が良かった。投石金兵を二つほど主に渡されていたおかげだろうな」
「俺らの錬度次第ということか。検証の価値はある」
「それはいいなあ。太刀の出番がなくなるなんて、実に愉快だ」
「それって、僕らもう必要ないですよね？」
「全くだ」と一同笑う。
二刻経った頃、歌仙が潰れた。品のない量を飲みほしたツケだ。追ってへし切りも杯を
落とした。僕は量を飲まないので気分が良くなる程度。酒に酔うよりも、交わりに喜び酔い浸る性質なのでしかたない。主役が消えれば、場はお開きとなる。
僕は初めに鉢の火を落とす。次に使った皿や杯を盆に重ねる。
「俺が持って行くよ」
「いつもありがとうございます」
「酔っ払い二人を任せる代わりだ」
使った食器は、部屋から台所が一番近い蜂須賀に頼んでしまう。蜂須賀は重ねられた膳を器用に持ち上げる。
「早く兄弟が見つかれば良いですね」
政府からの頼りで、虎徹の兄弟が過去に降りた知らせが入った。第一部隊が、時を遡り探しに出かけている。
「・・弟には早く会いたいよ。兄とは・・どうかな」
複雑そうに顔を歪ませる。
「兄も良いものですよ？」
「君みたいに、出来た兄を持てば盲目にもなれるけどね」
僕からしてみれば、贋作に拘る蜂須賀も十分盲目だ。綺麗な髪をなびかせ行ってしまった。
「宗三、酔っていないじゃないか。いけないいけないもっと飲まなければ」
畳に突っ伏していた歌仙が、芋虫のようにもそもそ身じろぐ。襟元を縋る様に掴まれた。潰れた体で酔えていない僕の心配までしてくれる。酔っ払いは嫌いだが、歌仙のような絡み酒は可愛くてついつい世話を焼いてしまう。
「十分頂きましたよ。ヒレ酒美味しかったです」
肩を支えてゆっくり畳に横たえる。押入れから出した布団をかければ「それはよかった。続きはまた、明日なあ」と寝言が続く。一人片付いた。
へし切りが苦しそうに寝がえりをうつ。シャツのボタンすべて外してやる。潰れたへし切りは只管眠る。これがなかなか起きない。
前に悪戯で寝込みを襲ってみたら、一度も目を覚まさずにへし切りの体は極めた。意識は沈んでいれど、咥え込んで跳ねる痴態を繰り返せば体はしっかりと快楽を貪りる。性欲とはほとほと尽きない勉強させてもらった。
僕の戯れで治験体にされた夜を、へし切りはもちろん知らない。
スラックスも寛げておいてやろうかと手をかけた時、部屋に人影が指した。何か忘れ物をした蜂須賀が返って来たと思ったら、兄が居た。いつもなら遠に寝ている時間だ。振り返って目を丸くした。
「・・兄さま、どうしました？」
「帰ってこないので、酔い潰れているかと思いまして」
へし切りから手を放す。疚しい企みなんてない。兄の手前、他の男に触れるのは気が引けた。
「僕は、この通り平気です」
へらっと笑う。兄直々の迎えは初めてだ。夜通し遊んでいても、迎えに来てくれた事なんて一度もない。心境の出来事に戸惑うものの、心配されればば嬉しい。その細腕に苗木のように寄りかかりたい気持ちを抑える。
「寛げて差し上げては」
「あ、はい」
促され、スラックスだけ寛げる。布団を駆けておいた。世話焼きはこれでおしまい。
「部屋へ連れていかなくても？」
「最初のころは連れて行っていたのですが、毎度のことなのでもうここで寝せるようになったんです。仲の良い寝顔でしょ」
ぐっすり眠る二つの顔を確認して、部屋を後にする。静まり返った縁側を二人足音を響かせ歩く。
「今日は美味しいお酒に預かりました。フグヒレを焼酎に漬けて炙るんですよ。魚の旨みがお酒にうつってね、」
酔った勢いか、心配された嬉しさにか。口が滑らかにまわる。僕の先を行く背に意地悪く問いかけたい。
(僕の帰りをわざわざ遅くまで起きて待っていてくれた？酒に酔いつぶれて動けなくなる僕を心配した？勢いに任せて見境なく寝るとでも気を揉んだ？)
勝手な想像を自由に巡らせ、僕は虚しく喜ぶ。兄がどこまで僕を慕っているかは気づいている。だから、儚い期待だけを寄せて自分を慰める。
「今日、歌仙が面白いくらいに潰れてしまって。全く酔わなかった僕が気に入らなかったのか、また明日、今日の続きをどうだって」 
「宗三」
兄が歩みを止める。後ろを追いかけていた僕はつんのめる。
「遊ぶのも大概にしなさい」 
 いつもより低い声に咎められた。兄が振り返り、熱のない眼差しで僕を射る。火照った体が急速に冷めていく。夜風に当たったせいでない。
「どのくらい、兄弟揃ってゆっくり夜を明かしていませんか」
近日の夜を振り返ってみる。 
七日前に僕は戦から戻った。その夜に入れ違えで小夜が遠征へ。今回は少し長い旅路で兄と二人、小夜の無事を三日祈った。
小夜の帰りを待たずに、兄は予定通りへ出掛けた。一人で淋しい夜を一日越して、ようやく遠征部隊が帰ってきた。
小夜と二人の夜も、静かだった。いつも通りに髪をすつて絵本を読む。小夜が寝付いてしまうと暇になって、悪戯にへし切りと寝た。昨日の夜、ようやく兄が帰ってきた。同行した薬研が大怪我負ったと聞いて、手入れ部屋に様子をうかがいに行ったつもりが、珍しく弱ったことを言う彼に朝まで付き合ってしまった。そして、ようやく兄弟揃って息をつける晩に僕は飲んで。 
「すみませんでした・・・」 
流石に、遊びが過ぎた。兄が好き。小夜を大切にしたいと散々言っていながら、最近の僕は身の振りが伴っていない。
「驕りが過ぎました」 
兄の瞳は真剣で、茶化す気にもなれない。僕は肩を落とす。
「遊びに行くなとは言いませんが、出来る時は傍にいてください。小夜も寂しがります」 
「はい。小夜くんを寂しがらせてしまって、すみません」
言葉ひとつひとつが胸に刺さる。こんな僕でも、居なければ寂しいと悲しんでくれる小夜に心から謝る。 
「小夜の為だけでなく、私の為にも」 
「え？」
するりと兄が僕に近寄る。僕の肩に頭を預けた。柔らかい髪が落ち込んだ僕の頬を母親の掌のようにやさしく撫でてくれる。
「お前が、他の刀達と居て不快とまでは言いません。止めろだなんて、もっての他です」 
兄の挙動が可笑しい。綺麗な能面を平素掲げる兄は、僕と違って節度がある。廊下で弟に縋ったりしない。
「ただ、他の刀よりは多く、お前の傍にいさせてください」
僕の傍に居たいなどと冗談めく。 
「兄さま？どうしました？お酒が入ってます？」
残念ながら兄は酒に強くない。そして迷い事を口にするのも酔った時のみ。素面で僕を口説く器用さはない。夕餉に酒を使った料理は並んでいなかった筈と献立を振り返る。
「酔ってなどいません。私にも、お前を慕う心くらいはあると言いたいだけです」 
参った。どうやら、僕の肩に頭を預ける兄は素面だ。
「本当に？僕に隠れてお酒を飲んではいませんか」
両目の前で手のひらをひらひら振って執拗に確認する。再三疑われ、兄がムッとする。煩わしいのか、腕を取られて静止させられた。僕が真面目に取り合っていないと、目くじらを立てる。
「お前が他の男の元へ行けば、私だって醜い感情くらいは抱きます。心配にもなり、こうして迎えにきます」
「・・僕と放れてしまうのは嫌、と言いたいのですか？」
「当たり前です」
(これは、狡いな) 
好いた相手と放れたくない。全うな恋情を垣間見せる。
僕が酒に誘われた時は、溜息一つで許したじゃないか。なのに、今更それを嫌と言った。
(狡い)
今日まで培った爛れた仲は、僕が一方的に兄を慕うことで陽の目をみると信じていた。
兄は尊い。仏のように物腰が柔らかく、達観した眼差しで生の明を見つめ、人の暗を嘆く。必要とあれば奮える腕もある。
数多の天下人すら持ち得なかった奇異の雄を目の当たりにして、僕の酔狂が芽を出した。もの珍しい綺麗な魚を見つけてはしゃいでいた。
兄が堕胎な僕に目をかけてくれる行為は望み薄と察した。ならばと、慣れた手法で、その手に口に体に寄って縋って引き摺り込んだ。
「私を知って、お前が悔わないのであるば」
「どんな兄さまでも、好きですよ」
警告にも似た許しに、僕は飛び付いた。
まさか、その意味を今になって気が付くなんて。
「宗三」
兄の眼をじっと見つめていたら、揺すぶられる。驚いて肩を引いてしまう。背が障子に当たり、揺れる。留るこの場は、人目につきやすい濡れ縁だ。兄も我に返ったようで、辺りを見回す。
いつもなら迷わず部屋へ帰った。今夜は違う。
「こちらへ来なさい」
僕の手を取ったまま、部屋へ滑り込んだ。部屋は空だ。本丸では一人一室与えられる。兄弟や気の合うモノと集うから、自然と空き部屋が増える。
「兄さま、ここに入って何を」
「不貞な弟を抱いて躾てみようかと」
「は？」
躾、などと物騒な物言いに戸惑う。兄が選ぶ言葉にしては美しくない。
棒立ちする僕を抱き止めて、帯紐を解いていく。シュッと布ずれ音が響く。
「・・いつになく、大人しいですね」 
僕らしくないと揄う。普段なら、じゃれついて喜々と兄の唇を吸っていた。兄もきっとそれを待ちわびている。
僕に軽々しく先をねだる余裕などない。兄に好かれていると知って、弱っていた。雨に濡れた小鳥のように体を縮めて震えている。
しかもだ。とんでもない男の袖を引いてしまった。他人の関係に頓着せず、あっさりしているかと思ったら、意外と執念深い。
気持ちが通じて嬉しい反面、緊張してしまった。背筋がゾクゾクする。頭の中が真っ白に染まるとはこの事か。肌に指先一つ添えられるだけで顔から火が出そう。
「・・恥ずかしい」 
「ようやく羞恥を覚えましたか」 
今更羞恥を抱いたものの、遅い。兄の意気地は決まっている。零れたセリフが今までの行いの反省だとは気付かないだろう。
「江雪、恥ずかしい」  
「どうしました、宗三？」 
久し振りに「兄」の敬称ではなく名を呼ばれて、機微の変化に気づいたらしい。口調も以前のように砕けてしまっている。
僕は兄と懇意になる前、敬語を使っていなかった。兄弟と知った処で、育った環境が違った。急に兄弟と括られても肩身が狭く、敬語を使う気になれない。
けれど、気持ちが一変した。兄と関係を悪戯に結びたくなった。急に馴れ馴れしくなっては周りに怪しまれる。他人の目を誤魔化す為に、兄と呼び敬語で慕うようになった。その敬語が溶けてなくなってしまっている今、僕が相当に戸惑っている証拠だ。
「今夜は貞淑で居させて」と頼みこんで許して欲しい。臆病になった今、軽々しく口に出せない。羞恥で身動き一つとれない僕を、物欲しそうに狙う兄がいるから。
困り顔の僕を見かねて、頭をさわさわ撫でてくれる。弟を可愛がる手つき。僕は「大丈夫」と自信もなく頭を横に振っておく。
「…恥ずかしがる宗三も、珠には悪くありません」 
「珠には？」
「珠には」 
ふふ、と軽い息を吐く。やっぱりはしたない僕が好みなのか。ムッツリめ。
「江雪は、狡い。崇高なフリをして僕を騙して。僕が好きなら、早く口で言ってもらわないと」
「騙したつもりはないのですが？予め、警告はしておきました。それに普通、褥を共にする時点で好きと認めたものです」
全うな一般論を説かれてしまっては、僕に勝ち目はない。完全に喉元を掴まれた。
「わざわざ兄弟と不貞を犯してつがいの真似ごとに耽る俗物を、ここまで愛してくれるのは、お前だけですよ」
真顔で甘言を吐く。腹に隠しているその素直さが狡くて、こんなにも僕を惑わせる。数々の天下人の手に渡り、甘いも好きも知り尽くしたこの僕をだ。
 最後の抵抗で兄の隙をついて逃げ出そうとする。悲しいかな。太刀と打ち刀の性能が如実に現れる。あっさり捕まってしまった。畳に倒される。
「どのように、躾けてあげましょうか」
閨の遊びと思ったのか、くすりと綺麗な顔で笑む。僕の首筋を甘く噛んだ。鹿を狩り、戦利品に匂いを擦りつける獣と同じ。
(優しい兄さまが、僕の不貞で嫉妬に狂い腹の下に納めようとするなんて。執拗なの、癖になりそう)
しばしもがいた後、観念して躾に甘んじた。</span> ]]>
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		<dc:date>2015-04-18T16:59:00+09:00</dc:date>
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		<title>似た者同士は殴り合う（へしと宗）</title>

		<description>


僕は幸せだ。
非番の日が晴天に恵…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ <span style="font-size:medium;">


僕は幸せだ。
非番の日が晴天に恵まれた。凪ぐ風は優しい。畳に横になれば気持ちの良さにころりと寝てしまいそう。
それに兄の江雪が居る。僕は兄にじぃと見詰められている。怖い顔だ。穏やかな表情を見せて欲しい。
たが、兄に叱られている緊迫したこの状況では、それも叶いそうになかった。


目前に御座しますお兄さまは、深く深く眉を顰めて僕を咎めていた。
僕はお説教を受けている。
雲ひとつない天気の良い日に、慕う兄から直々にお叱りを頂戴するなんて。これ以上の幸せが有ろうか。時の権力者の寵愛をうけた常盤御前とて、この甘美を知らぬであろう。
人が人を叱る厳しさは単純でない。叱る方にも体力を削る犠牲が伴う。授肉し弟の小夜を偶然得て、その苦労を僕も知った。小夜は心根の悪い子ではないけれど、人並み外れた失敗を知らぬまま犯すので厳しく指摘してやらねばならぬ事もある。兄は手のかかる弟が二人もいるから、気苦労も増して大変だ。
目を掛ければ掛けるほど、口を出すうちに自然と「叱り」に隠れされた「慈しみ」の心も増す。「叱り」は裏を返せば、相手に目を駆け、慈しむ覚悟の表れだ。
それを手一杯与えられれば、嬉しい。どんなにキツいお叱りでも、兄から与えられるのであれば僕は残さず飲み干す。
「宗三聞いているのですか」
肩を強請られる様な強い口調で兄に咎められる。僕は慌てて背筋を伸ばした。
「兄さまに怒られて、幸せの真っ只中にいるんです」なんて可愛気は兄に通じない。
「聞いています。僕は悪くありませんよ」
「腹に痣を作るほど人を殴って言いますか」
疑惑の視線が僕を離してくれない。柳眉を下げて、か弱いふりをする。できるだけ、身の丈を低く繕う。
今朝方、へし切と喧嘩にもならない言い争いをした。その末に拳が飛んだだけだ。
品行方正な僕と質実剛健なへし切長谷部が台所で殴り合っただけでお説教なんて、兄も過保護だ。いくら二度焼きされて刀掛の御飾りになってしまっても、易々と折れるほど柔でない。僕らは肉を纏っているように見えるだけで、内蔵は鉄に過ぎない。
「争いは何も生みません。暴力を控えなさい」
耳に馴れた説法も、僕が可愛い末のお小言かと都合よくすり変えてしまう。
語るほどでもない喧嘩の発端は、僕の（片棒を担がせて良いのなら兄の）寝坊だ。
日が登ると同時に僕は目を覚ました。うっすらと瞼を開けて、しばし茫然とする。布団に籠る心地好い熱を裸体に刷り込む。
隣には兄が潜っていた。穏やかな寝息を立てている。
(悪夢を見なかったようですね)
気持ち良さそうな寝顔は僕を殊更幸せにしてくれる。眺めているうちに起こす気も失せて、二度寝に努めてしまった。「二人とも非番だから良いでしょう」と惰性を貪る。
小夜は居ない。昨晩、今剣に誘われそちらでお泊りした。小夜は察しが良い。兄と僕を二人残した夜に何が起こるか。知っているから、寝坊に気づいても近付かない。
次に目を覚ますと昼四つ時だった。気だるい体を奮い立たせて腰を上げる。身なりを簡単に整えた。
「兄さまおはようございます。朝です」
「寝過ぎましたね・・」
「もう昼四つです」
枕に顔を埋める兄を柔らかく強請る。うっすらと瞳が開いて、淡い色の睫毛を瞬かせる。
「朝餉を持ってきますね。それまでに布団を片して置いてください」
片手を挙げて「分かりました」と兄は言う。手が力なく落ちて布団を叩いた。起床にまだまだ時間がかかりそうだ。
僕は部屋を出て、台所へ朝食の残りを預かりに出た。
台所の長机には、この時間になると握り飯をいくつも並べた大皿が決まって置かれている。
寝坊した者が食べて良し、小腹が空いた者が摘まんでも良し。運が良ければ、残った味噌汁にも預かれる。
今日は残念ながら、お味噌汁が残っていなかった。早くに干されてしまったようだ。大きな鍋も綺麗に洗われている。
僕は皿におにぎり盛る。戸棚の中に余っていた漬物を見つけて、それも頂く。茄子漬けは歌仙の手製だ。僕はこれが好きだ。目の前に出されればすぐに食い付く。だから今もはしたなく摘まむ。料理上手な燭台切りより、糠床の世話に歌仙は絶大な才能が有る。
「こんな時間に朝餉とは、大層な身分だな。貴様もその兄も」
背中から嫌味を飛ばされた。僕が振り返る前に横切り、蛇口をひねる。コップを取って水を注ぐ。
へし切りだった。一人分にしては多い量の握り飯を見て、多方察したのだろう。
「全て、身をやつして働いて下さる貴方のお陰ですよ」
僕は取り合わない。適当に身を立てておいてやる。刺々しい物言いも癪に障りはしない。これでも道端で帽子を脱いで会釈する、敬意のこもった挨拶だ。
「・・そのお陰で兄の世話が出来て有り難いと思え。魔王の酔狂を写したお前には、まあ、そのくらいしかできんか」
へし切は僕と兄の姦淫を酔狂の果ての戯れ言と蔑む。「好奇心で手を出したのだろう、菓子を摘む安さで兄を汚したのだろう」更に僕を詰った。
（今日は一段と執拗な）
塩梅の良い茄子漬けが途端に不味くなる。
いつもならば一言交わしてへし切も踵を返したに違いない。僕も「ご心配ありがとうございます。僕ら兄弟のことなので、貴方はお気にならずに」と素知らぬ顔で言ってのけた。ただ、寝起きのおぼろげな思考のせいか。はたまた幸せな心地を台無しにされた腹いせか。口が上手く繕えなかった。
「へし切、僕に当たっても主は当分貴方を近従にしませんよ」
へし切は近頃、近従勤めを外されている。戦も遠征も禁止。畑仕事も馬当番にも手を出してはいけない。与えられたのは休養のみ。労働超過を好むへし切の制裁だった。
主からの有難い心配りも、へし切にとっては屈辱でしかない。いくら休養が主命と言えども、仕事を生きる糧にする彼が悠長に構えられるはずもなく。へし切りにとって、暇は見放された末の地獄。牢に閉じ込められるようなものだ。
我儘に鬱積を溜め込んでいる。苛立ちを抱える顔色を見れば、察するに容易い。
悪く的を得てしまったらしい。しかも、奥深くに矢尻が刺さった。
へし切の拳が飛んできた。僕は反射的に交わし、よーく狙って持っていた皿をへし切に投げつけていた。手が、身を守るための手段として、僕の意に反して動いたのだ。
握り飯がへし切の顔を優しく包む。勢いを失った皿が落ちる。米粒を頭にまで散らしたへし切の情けのない面が現れる。そのまま表へ出れば、スズメが喜んで突いてくれるであろう。
「ああ、勿体ない」
僕は慌ててしゃがむ。潰れた米粒一つ一つに謝り、拾う。食べ物は粗末にしないと決めていたのだ。
途端、胸ぐらを掴まれた。無理やり視線をへし切りと合わさせられる。へし切りは酷く疲れた顔をしていて、今にも死んでしまいそうだった。しかし、瞳は憤りでゆらゆら揺れている。
「・・・義元左文字、許さんぞ」
「・・貴方にだけは、その名で呼ばれたくない」
拳を振り上げどったんばたんと騒いでいると、昼餉の用意に来た薬研と燭台切りに見つかり、僕は寝起きの兄に引きわたされ、後は今に至る流れとなった。
刀は刀らしく暴力に訴えただけで、何一つ間違いを犯しいていない。互いに加減具合は心得ている。へし切も痣を作ったものの、折れてはいない。現状を維持している。
「殴られたのは僕も同じです。先に手を出して来たのは、へし切なんですよ」
ほら、と襟元をくつろげる。右胸に青紫の痣が広がっていた。皮膚の下に血が這い広がっている。まるで蝶が羽を伸ばして休んでいるよう。二匹目の蝶に居つわられては僕も面白くない。
（兄さまに叱って貰えるなら、痣くらい安いものですが）
甘い癖を覚えてしまいそうだ。
「他の者と波風を立てぬのに、へし切長谷部だけはダメなのですか」
兄が目頭を抑えている。一刻も費やした説教も、叱られる喜びに満ちる僕に効かないと気付き始めたのか。
「・・鳥は飛び方を教わってもいないのに、時がくれば自然と飛び立つでしょう？僕とへし切の仲はそれと同じなんですよ」
「自然の摂理と言いたいのですか？」
「決められた仲なんです。初めて顔を合わせた時も碌なものでなかった」
兄が首を傾げる。自分が降りる前までの話に興味はあるらしい。
実も蓋もない関係を兄に分かって貰えるならと、僕は語りだす。
へし切が降りてきた日、僕はちょうど濡れ縁に座っていた。暖かい日差しの元、さやえんどうのさやを摘まんでは剥いてを繰り返す。確かその日の夕餉は肉じゃがだった。小夜が一緒懸命剥いたじゃがいもに味が染みて美味しかった。
「お前は、ここに仕えている者か？」
「はあ」
上から声をかけられ、顔を上げた。そこにいた男は「俺はへし切長谷部という」と名乗る。
「新しい刀ですか？」
僕は手を休めず訪ねた。主が鍛刀好きで、次から次へと新しい刀が来る。新顔を拝む機会も多く、よほど個性的な出で立ちでない限り驚かない。
当時の僕はへし切の名を知らなかった。織田に居た時は魔王の趣味で刀が積まれるように並んでいた。下げ渡される刀も多く、いちいち名など覚えていられない。連れてこられたと思ったら、いつの間にか居なくなっている方が多かった。
「すまないが、屋敷を案内してもらえないだろうか。主に近従に頼れと言われたのだが、見当たらなくてな」
「えぇ、いいですけど」
今日の近従は短刀の子だ。鍛刀部屋に籠る主の相手に飽きて、どこかへ遊びに行ってしまったのだろう。横着な主にも慣れてきたころで、尻拭いしてやらねばならないと人の良い僕は腰を上げる。
へし切りは僕の格好から、下仕えと勘違いしたらしい。内着で食事の下処理をしている、それが剣も握りなさそうな優男であれば誤解しても仕方ない。
すぐに同じ刀剣と分かると思っていたら、僕は名乗りもしなかった。下仕えに間違えられ、少し不愉快で驚かしてやろうと僕の酔狂が芽を出したのかもしれない。
その意に反して、名も明かぬまま褥の中にまで流れ込めてしまったものだから。僕の方が驚いてしまった。チョロすぎる。
事が終わり、気だるさの中へし切りが尋ねた。
「ここに、義元左文字は来ているか」
ここでは呼ばれない名を耳にして、「僕を知っている？」と戸惑いつつ、「はい」と何に気なしに答える。灯りのない部屋ではへし切の表情がよめない。
「一日ここで過ごしたが、見当たらなかった」
「彼がどうかしたのですか？」
「俺は、奴を殴りたい理由があってな。主にそれを打ち明けたら何が有ろうとも、手を出すなとの主命があった」
物騒だ、とは思った。怨まれる由縁が思い当たらない。織田に捕らわれて以降ほぼ室内飼いで、戦に碌に出されていないから殺った殺られたの恨みではないだろう。籠の中の無防備な鳥に牙を向けるなんて、大した玉の男ではないとだけ分かる。
（久々に寝る男を誤りました）
もっと腹の座っている男かと誤解していた。すっかり冷めてしまった僕は、掌の爪先をじいとみていた。
「主命を守りたいが、果たして守れるだろうか」
「はあ」
生返事しかできない。この男は降りて早々大変な心配事を抱えているよう。だが、それは、もう、いろいろと遅いのではないか。僕は口の中で笑った。
「殴ってしまえば、良いのでは」
殴りたい訳も尋ねず、背中をそっと押しておいた。どうせ、下らない因縁だろうと高を括る。
それからも二三『義元左文字』について聞かれた。僕は曖昧に濁す。あまりの執拗さに、「その男の腹の具合まで貴方はもう知っていますよ」と教えてやりたかった。
暫くして、へし切が寝付いた。僕は褥から這い出る。朝日がうっすら昇り、山際が明るい。
「戦場に向かいましょうか」
着物を整えて、部屋を出る。私室に帰り、一足早く戦の準備に取り掛かった。へし切とは今日隊を組んで出陣する。嫌でも会えよう。
そしてへし切は初となる小規模の出陣で、彼の心配通り、早々に主命に逆らってしまうのだ。
「宗三左文字といいます。昔は義元左文字とも呼ばれていました」
隊が集まった所で、僕はへし切に頭を垂れた。何も知らない風を装い、戦装束で身を固め、「宗三」を名乗ってやった。
夜を共にした男が、刀を持って立っている。戦に出向くと言う。状況を理解したへし切は顔を青くして、次に顔を赤くした。目を吊り上げて。唇を噛み締めて。僕を殴った。
「手を出さない主命はどうしたんですか？ああ、もう遅いですね」
たった一度で二度主命に逆らったへし切が哀れで、僕は今度こそ笑ってやった。
それからへし切は主命に背いた己を恥じて、恥じて。贖うように、仕事に取り憑かれた。
お茶請け程度で薬研にそれを話したら、「へし切も、宗三の酔狂に狂わされて運が悪かったな」と腹から声を出して笑った。僕も綺麗に笑んで、静かに頷いた。





私室を追い出された。全てを隠さず打ち明けたご褒美は、兄の鬼の形相だった。
「戦から帰った後また寝たし、そこまで仲が悪くないんですよ。僕ら」泣けなしに繕ったのが、兄の癪に障ったのかもしれない。
分かっている。僕の好奇心でへし切が罪悪感に囚われてしまったこと。
「全て謝って来なさい」と言われれば、僕は逆らえない。僕は兄に嫌われたくないから、従順な飼い犬にもなれる。
僕はへし切の部屋へ臆せずも入った。私室ほど馴染みはないけれど、勝手知っている場所だ。
畳みには置き場のない書物と書類が積まれている。好んで主の近従を務めるから、仕事を持ち帰えってしまうのだろう。大切であろうそれを踏み越えて、奥へ潜り込む。
へし切は大人しく猪口を傾けていた。僕は声もかけず、薬箱から隠してある煙管を取り出す。兄が煙を好まないから普段は吸わないようにしている。へし切は固い癖に好事家で西洋などの変わった珍品も集めている。
「何様だ」
「謝るフリをしにきました」
刻みタバコを丸めて火皿に入れる。火をくれませんか、と尋ねる。舌打ちをしたあと、へし切がマッチを手に取る。擦って、灯す。
僕があまり火を好きでないのを、彼は重々承知してくれている。赤くゆらゆら揺れる炎を瞳に写して、抱きしめられるような懐かしさと身を焦がす痛みに泣きたくなる。
（甘い男だから、嫌いになれないんですよねぇ）
座布団を取り寄せ座る。ゆっくり吸って、舌で煙を転がす。
「謝る気はないんだな」
「貴方もでしょう？」
僕はそもそも悪いと思っていない。へし切も同様だ。罪の当てつけは不毛。
「ここに来なければ、兄さまに許して貰えないから。ちょっと時間を潰させてくださいね」
「兄の言いなりか」嫌な顔を見せる。
「貴方にとって主命みたいなものです」
どちからが重いのか、比べてみなければ面白いだろう。
へし切は酒を嗜んで、僕は煙を吹かせて遊ぶ。時には酒を舐めさせてもらう。九州独特の強い辛味がある酒だ。弱った体には優しくないだろう。
無言のまま、虚無の時を共有する。それに身を任せたまま、物思いにふける。
今になって思えば、下仕えの振りをした僕は怖かったのかもしれない。
へし切を見た時、「魔王が来た。若い魔王が」と胸がざわついた。織田の刀であったことは、薄らと感づいていた筈なのだ。
魔王の持ち手だった剣は、何かと魔王の影が残っている節が有る。他の主に移って薄れてしまう性質もあるが、底に淀んでいる。
僕には魔王の酔狂さが、薬研には身にそぐわない豪胆さと優しさが、へし切には――。
口に出すのが恥ずかしくなって辞めた。嫌いな魔王を褒めてしまうことになる。
結局、互いに魔王の影を見つけてしまっているから、目が放せないのだ。遠く離れればそれが目に余って癪に障る。同じ場に居れば安心して爪を隠す。
つっとへし切の視線と僕の視線が綺麗にかち合う。へし切りも同じように僕に魔王の影を見ていたのか。似た者同士。
「・・煙たい。やめろ」場を濁す、わざとらしい咳払い。
「すみませんでした」
僕は煙管をへし切の口へ当てる。かりっとぶつかる。へし切が煙管を嫌がって噛もうとしない。僕は指を唇に押し当てて従わせる。
へし切が僕の手を触って遮る。僕は意地悪を辞めてやった。あまりにも顔色が良くない。これではじゃれ合う気にもならなかった。
「貴方は休んだ方がよい。ろくに眠れていないのでしょう？」
「分かるのか」
「だいたい、顔を見れば分かります。兄もよく、寝れずに顔色を悪くしていますから」
だから兄が気持ちよさそうに眠っていると、邪魔が出来ないのだ。僕に出来る手一杯は、暗く平穏な底に居させてあげるくらい。
僕は布団を押し入れから運び出す。手際良く引いて、シーツをかけた。床を整えたものの、へし切は休もうとしない。僕が甲斐甲斐しく寝床を用意するから驚いたのだろう。
「いらっしゃいませんか」
布団を捲って誘う。はっとへし切は我に帰る。気恥ずかしそうに口をへの字に曲げて、のこのこやってくる。
僕の前に胡坐をかいて座る。慣れた手つきで、僕の頬に触れてきた。
「へし切、落ち着いてください」
まあまあまあと宥めながら、僕はへし切の手を下げさせる。肩を押して横にならせた。布団を肩まで掛けてやる。その隣に僕は頬杖をついて横になる。布団の上からぽんぽんと小刻み良く胸のあたりをたたいてやる。
「・・・？」
へし切が釈然としている。どうやら『期待していた事』と違うらしい。
「こうやって、いつも小夜くんを寝かしつけるんですよ」
「なっ」
子どもと同等の扱いを受けて、流石に矜持が傷ついたか。亀のように動かなくなってしまった。
へし切りが頭まで布団を被って潜り込む。こちらに背を向けて、丸まる。布団の山が出来た。
「もう亀のまま籠っていればいいのに」思いの外、初な一面に楽しくなってしまう。
褥を共にして、交わりはなくとも人肌で体を温めてやればよく眠れる。なかなか眠らない兄弟を二人も持っているから、僕は寝かしつけ方を心得てはいた。きっとへし切もそれを求めている。
昼間酷い事を言われなければ、僕は今頃褥に潜り込んで肌を預けていただろう。口の災いは損の元。
それでも可哀想だからと、僅かながらに片足を布団に忍ばせて絡めてやる。追い払われない。そのまま温めてくれるらしい。悪戯に親指で肌を撫でると蹴られる。
「・・確かに、昼間貴方が僕に言った通り、僕はあの魔王の酔狂だ。けれど、あの魔王に似てこれでも惚れ込んだ相手には一途なんですよ」
へし切の矜持に気配る。褥に入らない、自分に都合の良い言い訳も並べた。
「…俺もだ」なんて、可愛い囀りは聞こえないふり。
手慰みに散らばった書類を寝転んだまま読んだ。今夜天高く満月が昇っている。月明かりで明りを灯さずとも文字が追えた。
(兄さまには、僕とへし切の不毛な仲は分からないだろうな)
本の虫も飽きた頃、僕は昼間の兄との対話を振り返った。
結局、僕らの仲について兄から理解を得られなかった。互いに悪意はなくとも、どうしても歪み合ってしまう仲もある。時が邪魔をしたり、立場が噛み合わなかったり、虫の居所が悪かったり。言い訳は様々。
いがみ合う事でしか上手く連れ添えないのだ。嫌いでもないのに。だから殴り合おうとも、恨まず憎まずケロリとしていられる。
繕わず全てを語った後、慕う相手に首を傾げられては、ちょっぴり淋しい。
添い寝するうちに僕も眠気に誘われる。開いていた書物を投げる。
すると、それを見計らったように布団から手がぬっと伸びてきた。僕の腕を掴む。なんて稚拙で率直な嘆願か。つい、兄以外の大人を可愛らしいと錯覚してしまう。
（僕も甘い男だ）
誘われるまま潜り込む。熱をたっぷり吸った布団は温かい。
温かい暗闇の中なら素直になれる。僕らはいっそう強く、二本の足を絡ませた。 </span> ]]>
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		<dc:date>2015-04-18T15:18:24+09:00</dc:date>
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		<title>兄さまお帰りなさい（R18）</title>

		<description>

血の香りが、どこからともなく漂った…</description>
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			<![CDATA[ <span style="font-size:medium;">

血の香りが、どこからともなく漂った。僅かな微香をかぎ取った僕は、慌てて針仕事の手を休める。
本丸に訪れる血の匂いは、出陣した士達の帰還を告げる烽だ。
(ようやく、兄さまが帰ってきた)
早馬で隊の無事と帰還を知らされていたものの、知った所で待ちわびた時間が癒される訳もなく。逸る気持ちを押しとどめ、丁寧に丸留めにした糸を八重歯で噛みきる。小さな針を針立てに強く指し止めた。
一軍が墨俣へ赴いて十日。その隊に兄の江雪も加わった。殺生を嫌う兄が不服と不満を抱えて長く戦場に留まれるか。矢傷を負うよりそちら方が不安の種だった。戦果を確認する限り特上の働きであったから、泣き頼まれた分は立派に務めを果たしたのだろう。
（どんな情けない顔をしているのやら）
仏頂面を更に顰めた兄は想像するに容易い。暫くは「畑にしか出たくありません」と和議を求めるに違いない。次の戦に出るのは一ヶ月かはたまた一年後になるか。機嫌取りが大変だ、と僕は笑う。
一人物思いに更けるほど、僕は兄の帰還が嬉しい。居ない兄の影を繋ぎ止めるのも、そろそろ限界がきていた。
「ご帰還ー！一陣のご帰還ですぞー！」
門から祝咆が聞こえる。玄関口へ急いだ。



無事、帰還を果たした兄は、僕の見こんだ通り機嫌が悪い。無言のまま主に頭を垂れ、無言のまま私室へ引っ込んでしまった。まるで、しっぽを丸め小屋へ逃げる子犬のよう。叱りを受けるどころか、その腕を一番と褒められたのに。
可哀想なほど神経をすり減らした兄を、僕は精一杯労うことにする。
「誉れを頂いたようですね」
「嬉しくありません。戦など、無意味です」
絞った手拭いで顔を拭く。前髪についた血糊が固まり、目に入って痛いのだろう。兄はごしごし強く擦り上げている。
僕は兄の戦装束を解いていく。血糊がべっとりついた袈裟は黒一色。良い絹を使って仕立てたのに、十日ばかりで襤褸切れにされてしまった。苦手な針仕事を頑張った身としては報われない。
息苦しいのか、兄が自ら袂を緩めた。現れた胸板は白い。汗と土埃を纏っているものの、かすり傷一つない。
傷みきった足袋を見れば分かる。出向いた戦場の過酷さを。阿鼻叫喚しか響かない地を、よくも無傷で帰って来たと惚れ惚れしてしまう。
「部屋に荷が増えましたね」
「主が兄さまにと。余程、感謝しているんですよ」
部屋に食べ物と書物が詰まれている。食べ物は兄が好きな霞饅頭。書物は畑仕事に関するイロハが載っている手引書。
主が隊の帰還前に「兄への感謝の品」と称して置いて行った。所謂、ご機嫌取りの品だ。
和睦主義の兄は、戦に出ても苦労しない腕を持っていながら血を嫌う。畑に出て人の営みに溶ける平穏を好む。兄を戦へ動かすには、三年積んだ岩山を崩すより難しい。半ば泣きついて拝んで戦に出したから、主も気を使ったのだろう。
あの主は、愚かにも供物で兄の機嫌をとれると信じている。安直な主様だ。
兄の視線はやはり別の物へ移っていた。おはじきや竹トンボ。あやとりの紐に潰れた紙風船。外国から持ち込んだ『おせろ』の駒が白黒散らばっている。小夜が短刀の子達と使ったおもちゃだ。
「小夜くんがね、暇なときは何かと遊び道具を借りて来てくれるんです」
萎んだ紙風船を取り寄せる。ふうと息を吹き込む。柔らかい紙がくしゅくしゅ音を立てて膨らむ。
「兄さまが、長いあいだ留守にしてしまうから。二人で暇を潰すのも大変でしたよ」
とーんとーんとーん。甲で紙風船を弾く。兄は身動きのないまま、虹色紙を目で追う。
「小夜くんも僕相手では、物足りないのでしょう。兄さまがいないと、やっぱり寂しがる」
「そうでしょうか」
「二人で楽しく遊んでいたのでしょう」くぐもった声に言い当てられる。部屋を片付けておくべきだった、と僕はなまけ癖を悔いた。正直に答えるほど僕は素直でない。ので、声音を変えて取り繕う。
「僕は寂しかった」
紙風船を投げ捨てる。子どものおもちゃより、兄さまがいいと言わんばかりに体重を寄せた。鼻先を胸に充てる。とても男には思えないさらさらとした冷たい肌は久しぶりだ。
兄が僕の耳朶を抓る。幾度も揉んで耳飾りを転がす。
「甘えて良いですか？」
「その気しか、お前はないでしょう。おちおち湯浴にも行けません」
ごねつつも兄の手は僕の腰を引き寄せていた。お手が早い。
(嬉しい癖に)
唇が弧を描いてしまう。天の邪鬼さがとても愛らしい。兄は甘えられて喜んでいるのだ。帰りを待ってくれる人が居てこそ、この人は戦場に立っていられる。
兄は感情を表に出さない。いや、当人は出しているつもりでも、出し切れていないのだ。能面、仏頂面。子ども受けが悪い。並べれば並べるだけ悪口になってしまうけど、これくらいしか欠点がないのだから少しは許されよう。
「その気にさせてくれたのは兄さまなんだから。勿体ない」交う正統な理由を、兄に当て付けた。
兄の素肌は冷えていた。だが、底は高ぶり燻っている。
僕は兄が戦に出る前から、熱を抱えて帰ってくると知っていた。同時にこうして欲しくて、良い子に待ちわびる意地らしさも。
大きな掌に顎を持ち挙げられるまま従う。ようやく許された口付け。兄の唇は、僕と似てうすい。それに首筋を啄まれたり、胸の当たりを擽られると、まるで自分に犯されているような不徳な感覚に囚われる。同じくらいに酔って欲しくって、僕も兄の肌を擽る。
「兄さま、いい？」
肩を小突いて畳に座らせる。腹に股がり、胯間をすりつける。襦袢越しにでも固い熱が分かる。
「早くはありませんか」
下履きの紐を自ら解いた。兄は愛撫の足りなさを、心配してくれる。
「言ったでしょう。僕は『寂しかった』って」
兄の居ない夜に僕がすることなんて。解りきったことを言わせないで欲しい。お伽噺の結末を考えるより簡単じゃないか。
こんな僕への心遣いは嬉しい。けれど他の男に傅かず、指で耐えた僕の貞淑さを兄はもっと褒めるべきだ。体で甘やかせてくれるべきだ。
「おまえは、全く」
先濡れの液を指に絡める。僕の秘肛に宛がう。一本、するりと滑り込ませた。久々に味わう兄の指。ようやく自分以外の指に触れられて、腹が悦びに疼く。それから先を想像すると、甘い果実を摘まんだ時のように口いっぱいに唾液が溢れ喉が潤う。
「ﾝッ…」
「…指で達する癖がつくと、こちらで満足できなくなると聞きましたが」
兄は指を増やして、中の具合を確かめる。快感を与えるより、探るような指先の動きがもどかしい。
「ｱｯ、ﾝ、まさか」
面白味のない冗談に喉を震わす。指が性器に勝るなんて信じたくない。
唐突に、障子が開く。西陽が畳に散った兄の髪を照らす。それに映った小さな影は、小夜だった。
「…江雪兄さま、お帰り」
「ただいまかえりました」
小夜は一瞬戸惑うも、すんなり事態を受け入れる。髪も解れ、着物など腰ひもにかかっている程度。取っ組み合いの喧嘩には、どう取り繕っても見えない。
「取り組み中だったの」
「ええ。宗三が強請るものですから」
顔色を一つ変えない兄弟のやり取りを前に、不思議な気持ちになる。小夜は僕らの関係について嫌悪もしなければ咎めもしない。
「蛙もトンボも交尾するし、問題ないよ」と初めて交わいが見つかってしまった夜、小夜は僕らを諭した。生き物だからさも当然と言い張る弟の逞しさが、僕は面白くて仕方がなかった。僕らの交わいなんて虫以下だ。
薬研に小夜の賢さを自慢したら、「将来大物だな」と笑ってくれた。
「小夜くん、どうしました」
「宗三兄さま、ううん」
首を振って、さっと手に持っていた何かを背に回す。隠しきれていないそれは、新しい遊び道具だろう。夕方に藤四郎の子から借りてくると言っていたのを、今になって思い出す。この時ばかりは、不甲斐ない兄を許して欲しいと謝った。
「…汚れた着物を貰おうと寄っただけだから」
小夜が血濡れの着物を拾って出て行く。咄嗟に逃げる口実を思い付く小夜は、やっぱり賢い。
去り際に「帰って来たばかりなんだから、ほどほどにしないと」と珍しく小言を残していった。
「末弟の方が、気を使えますね」
じと目が僕の胸に突き刺さる。僕はぷくっと頬をふくらませた。
「ほどほどに、なんて済まさたくないのは兄さまの癖に」
はしたなくも、頬を抓る。体の強い兄は痛がらない。季節外れの蚊に喰われたくらいに偽ってやろうと躍起になる。その罰と言わんばかりに膝から振り落とされた。
「あｯ…」
腹に籠っていた熱が引いて、もの寂しい。まだ快楽にちょっぴりも酔えていないのに。兄は怒ると容赦がない。
(ついに拗ねてしまった)
嫌いな戦に駆り出されて働かされて。僕が小夜と懇意にしていた影をまた見つけて。いよいよ面白くなかったのだろう。臍を曲げてしまった。
「兄さま、無体を働かないで」
するりと子猫のように頬を摩り寄せじゃれる。兄を味わえず今夜も一人遊びなんて耐えられない。それこそ、へし切りか燭台切りの部屋に通いかねない事案だ。
「悪い口と思っているなら、私を満たしてくれますね。宗三」
「…兄さまの望むままに」
野生の矜持を忘れた犬のように、寝転がって腹を見せる。可愛がって、と淫靡に誘う。兄の手を引いて、自ら体を開いて、弄らせる。
「ひぃｯ、あｯ、にぃさま、あｯ、」
「ふ、ぅ」
兄は僕の中に御自分を埋めて、深い深いため息をつく。安らぎの吐息だ。僕に覆い被さり、頬を摩り寄せてくる。
「戦は嫌いです。当分、畑仕事しかしません」
ようやく落ち着いたのか、溜め込んでいた愚痴をやんわり溢した。本来なら、主に聞かせてやるべき訴えだが、兄も本業を忘れるほど愚かではない。
僕はよしよしと、兄の頭を撫でてあやす。兄は僕の胸にもたれたまま微笑む。
「お疲れさまでした、兄さま」
頑張った兄の愚痴を受け入れ、こうして労えるのは僕だけだ。
「眠くなってきました…」と兄が瞳を擦る。僕に覆い被さったまま、動きを見せない。兄を労いたい気持ちだけはあるが、このまま放りだされてはこちらが堪らない。 肩を掴んで揺すぶる。
「兄さま！駄目ですよ！最後までするか、無理なら僕を他の男の元へ行かせてから寝て！あっ」
突然起き上がった兄に、がぶりと首筋に噛みつかれる。痛みが走った。痕がくっきりついただろう。
「酷い、兄さま！これじゃ、他に行けない！兄さま責任をとって！」
「全く、お前は小夜より手がかかる」
まるで兄の威厳がない。呆れられても良いのだ。小夜の前では僕なりの「兄上」をやった。久々に「弟」になりたい。
「可愛いい弟でしょ？疲れを忘れるくらいに」
僕の中に居る『兄さま』は疲れを見せずしっかり硬さを持っている。今度は鼻先を優しく抓られた。泣いたふりをした後、僕はけたけたと笑った。
久々に声を立てた自分に、僕自身が驚いてしまう。兄が帰ってきて、僕は自分で思っていた以上に嬉しがっていた。</span> ]]>
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		<title>不屈の藤（江→宗←へし）</title>

		<description>
へし切は主の頼みに、軽やかに返事をし…</description>
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			<![CDATA[ <span style="font-size:medium;">
へし切は主の頼みに、軽やかに返事をした。主から宗三を呼び寄せるよう、仰せつかった。
「分かりました。呼んでまいります」
宗三に次の出陣の隊員選ばせているが、その返事が遅い為早々に聞きたい、とのことだ。文机に散らしていた書と筆をいったん片付ける。その流れで、部屋左隅の柱に目が止まった。
確保している資源の数を示す、カラクリの掲示板が柱に掛けてある。半刻前まで豊富にあった資源が、明かに目減りしている。呆然と眺める間にも50、100と数が引かれる。
へし切は顎を引き、目を閉じる。眉間を親指と人差し指でくいくい揉む。
頭を上げないへし切を不思議に思ってか、主も掲示板を見上げる。みるみる、顔が青く染まっている。
「奴は刀装部屋にいましたね。すぐ辞めさせます」
眉間を抑えた手を離し、主の傍から飛び出した。



木製の戸を勢いよく押し開けた。へし切は刀装部屋に乗り込む。階段上の下長押に鎮座する、人影が在った。
「宗三左文字は居るか！？」
名を呼びつけると、肩がびくりと震えた。
「へし切、なんです？」
ゆったりとした声音が、高座からへし切にかけられる。顔だけを入り口に向けて、光を背に立つへし切りを見止める。
「主命だ。すぐに刀装作りを、」
やめろ、と言いかけ言葉を失う。十五畳の板の間のいたる処に、消し炭となり崩れかけた刀装が転がっている。資源が飛ぶ早さで消費された証だ。
無駄になった資源の量を考えると目眩に襲われる。しかし倒れている暇などない。消し炭を避けて声の届く距離まで近づいた。
「刀装作りをやめろ。主命だ」
「まだ辞められませんよ。必要な数、揃ってないんですから」
ふい、と首を振った。手元をごそごそ動かし、新たな刀装作りに励む。少なく見積もってもそれぞれ弐万は費やしたのだ。並や上の兵は出来ている筈だ。
「下手くそな癖に金兵が欲しいと、無謀な量を費やしたんだろう」
返事はない。当たりだ。
「・・また失敗しました」
消し炭が飛んでくる。へし切は向かってきたそれを、器用に手の甲で払い落した。
意地でも動かないのであれば、引きずり降ろしてくれると階段に足をかける。つま先を乗せた時、足首にガツンと歩兵並玉が当たる。
「このっ」
刀装を慌てて両手で拾い上げた。銀の玉に『投』と掘られている。並みでも大切な資源を消費して生まれた刀装だ。遠征を繰り返し、苦労して手に入れた過程を思えば痛みなど我慢できる。モノを投げる不作法を注意する矢先、違う声が降りてきた。
「おや、騒がしいと思えば織田の打ち刀でしたか」
手摺の影に隠れて気付けなかった。江雪左文字が、居た。
まるで薄汚れた犬を蔑む様な、冷たい眼差しをへし切りに注いでいる。
左手を階段に向けて、刀装を投げたままの形を残していた。近寄るなとの牽制だ。
ちっと舌打ちが重なった。へし切の口と、間違えなく江雪の口から捻りだされた輪唱だ。
「俺と知って、落としたか？」
「いえ。宗三が作った刀装を磨いておこうと思いまして。手が滑っただけです」
狂わず当ておいて、白を切る。頃合いが悪ければ、刀装を踏んで転んでいた。
（いや、むしろそれを企んでのことか）
へし切は、江雪に決して好かれていない。その逆もしかり。
理由など語るに足らない。恋敵だからだ。
へし切は宗三左文字を好いている。
出会った頃は「お飾り以下の刀」だの「打ち刀最弱の己を返り見ろ」など手酷く罵った。裏を返せば意図せぬ間に傾国の眼差しにくらりと射貫かれていた証拠で、不慣れな戦場に立ち、現実の非道さに瞳を覆う憐れな姿を見たくなかった。長い年月待ち望み、ようやく飛び出した高い空の元、溜め込んだ鬱積を晴れやかに蹴散らし、歩き回って欲しいと願う己は甘いだろうか。
これも惚れた弱みだ。
身勝手な想いは胸の内に秘めたまま、壁穴にだって漏らしていない。酒で口が滑らかになろうとも、へし切長谷部の惰弱と決して打ち明けなかった。
鍵までかけた宝物の中身を、何故、江雪が知っているのか。わざわざ刀身を剥き出し刃向って来られれば想像は容易い。
この男も宗三を好いている。弟としてではなく、意中のヒトとして色眼鏡をかけている。
へし切が何故、それと言い張るか。へし切も同等の目で、宗三を見守っているからだ。同じ穴のむじなには、むじなの腹事情が手に取るように分かる。
暮らしの中にも、異質の兄弟愛は散漫している。
昼寝だからと弟の膝を枕にしたり、面倒だからと髪を梳いてもらう兄がいるか。
枕が欲しいなら襖から取り出せば良い。肉付きの薄い男の膝など痛いだけ。髪など鏡が無くとも自分で梳ける。手がかかる赤子でない。
もっと確信的な証言をしよう。
恋仲になった暁に、へし切が宗三としたい事柄ばかり。薄い腿を我慢してでも、端正な顔を見上げてみたい。頭を梳かれるよりは、桃色の髪に触れて微笑みあいたい。
欲望のベクトルが、同等なのである。
極めつけは、宗三を目の届く処に置くため捏ねる途方もない駄々。「宗三と小夜と一緒でなければ、出陣したくありません」とのたまう。
加えて、へし切の卑下と擦り込み教育も忘れない。
「織田の打ち刀は（私に比べれば）あれで頼りになりませんから。本当の処近従勤めが精一杯なのでしょう」
宗三に好き勝手風潮してくれる。
「だからぁ？」と澄まし顔をへし切りは詰ってやりたい。
こちらにも主と言う審神者の、刀剣男子には神と等しい手がある。へし切が主の傍に居る限り、采配を歩が良いよう振れる狡賢さを忘れて貰っては困る。
左文字三兄弟の出陣に混じり、誉れを掻っ攫うなどお手の物。太刀に劣るからと挫け、活路を近従に見出だし腰を落ち着けているなどと、宗三にだけは誤解されたくない。
あまりの陰鬱さに、へし切も時には耐えかねた。傍に居て過保護な兄が煩わしくないかと、慰めを求めて宗三に尋ねもした。
「江雪は僕を大切に思ってくれています。兄弟を得た暮らしは、とても幸せです」
表情を緩めた。ざまあないと、へし切りも兄を鼻で笑った。兄弟の壁は、早々に越えられまい。
「宗三に用が有ってな。兄上殿は席を外してくれまいか」
口外できない話ではないが、江雪がいると気が散る。
「直属の家臣でもない男に下げ渡された打ち刀の分際で、また私の弟に意地の悪い話でもするのですか」
へし切が宗三にとる連れない態度を懸念すると見せかけて、巧妙に割り込んでくる。
人を嘲る撫で声が癪に障る。刀装を握る手に力が入った。
へし切を「織田の打ち刀」と蔑む呼び名も気に食わない。下賜されるに留まった刀でないぞ、とへし切りは吠え返していた。
「悪いが、身分を引き合いに出さないでもらおうか。黒田の手に渡った先で戦後の貧困に売られもせず丁重に扱われてな、昭和28年3月31日に国宝指定にされた。お前と今では同等だぞ・・ん？」
肩は並んでいると威張った。レア太刀だろうが性能が高かろうが、へし切の知った処ではない。元太刀の矜持もある。いつか覆して認めさせてやる気愛は十分だ。
「過程より結果を重要視するようですね。結果が全てと思う男など、考えが偏りすぎて危険です・・」
がらがらと音を立てて江雪が抱えていた刀装が散らばる。競りに掛けられた過去は、江雪にしても喜ばしい経歴でないらしい。
この男にも弱点が有ると知れば、愉快にもなる。名高い左文字の銘の尊厳が、崩れかける瞬間だ。
「これで、いいんでしょうか？あ、江雪、散らかして。ダメですよ」
やっと金兵を作り上げた宗三の喜ぶ声音が、お門違いのように険悪な空気に混ざる。四方八方に散っていく刀装に気づいて、腰をあげた。
「俺が危険？俺からすれば、兄弟にそれも弟に過剰な愛情を向けるお前の方が危険だが。正気のつもりか？」
「何を言います。日の本のそもそもの始まりは、兄妹の情愛から始まったのですよ？兄弟の情愛は普遍的に存在するものです。それを危険と？ああ、結果を重要視する刀には、物事の起こりに隠れた仔細な過程など、　　ど　　う　　で　　も　　よ　　か　　っ　　た　　で　　す　　ね」
お前が抱えているのは、嫌らしい兄弟の愛情だろう。それを神話に擦り合わせるな、と吹っ掛けたい。最早揚げ足取りの言葉の殴り合いが続く。
「過程も結果も大切ですが、へし切何の用です」
散らばった刀装を追いかけ、籠に集めた宗三が言う。
「ああ、主がお前に任せた任の隊員編成をいい加減報告しとろ」
「それでしたか。久々の隊長で色々考えているうちに報告を怠ってしまいました」
出陣の為に、苦手な刀装作りに励んでいたらしい。
「何処へ行くのですか？」
「近頃本能寺の変の改変を防ぐ任があるらしいので、その下見に」
「本能寺」
「宗三、大丈夫なのですか。本能寺ですよ」
桶狭間に続き、本能寺は宗三の身を左右する一大事だ。下見に行くだけでも精神的な疲労を心配してしまう。へし切も江雪の声も強張る。
「そんなに心配せずとも大丈夫ですよ。何処まで敵が歴史に関与しているか、偵察するだけですし」
「戦の有る無しでない。お前の心の持ち用を心配しているのだ」
宗三が肩を竦める。
「手酷い仕打ちを受けましたが、この刻印の御蔭で僕は有ることを許されてきました。もちろん恩なんて、感じていませんよ。籠の中に閉じ込められた分、恨み尽くしました」
表情から笑顔を消して影を作る。気持ちは遠の昔に整理し、定めてしまったのだろう。
「・・それに、少し嬉しいんですよ。魔王が生きている地に、降り立てるなんて。金柑頭に打たれる前の間抜け顔、見れるかもしれないじゃないですか」
「意地が悪いでしょう」と鼻を鳴らす。卑屈さを否定するように、江雪が宗三の手をとる。
「宗三、お前は魔王に今でさえ苦しめられていると思っていましたが。それも私の思い込みでしたね」
へし切りが言わんとしたことを、一字一句なぞられ腹立たしい。
「刀の本分は半ば奪われてしまいましたけど、意気地だけ残して馴染んでしまえば、暮らしは悪くなったんですよ」
織田の時分を思い返せば、確かに宗三は魔王の掌に有った。無茶な扱いはされていない。
小首を傾げ、上目使いで気恥かしそうにハニカム。照れ笑う姿は柔らかい身色と相まって淫靡だ。
くらあと目眩を覚えるのは当然だ。だが、へし切も江雪もそれに当てられている場合ではない 。
「魔王の元へ訪れて、挨拶をしましょう。お前が世話になった礼もしなくては」
「魔王はあれでお茶が好きなんですよ。持って行って差し上げましょう」
「待て待て。主から遡った時代の人物と接触するなと言われているだろう。下手をすれば歴史を変えてしまう」
「・・・そうですよね」
与えられた役割を思い出させてやる。宗三が肩を下げた。あまりの落ち込み様に、へし切の胸が痛む。
「・・・・・魔王の、お顔を遠くから見るだけだからな！！いいな、遠くからだぞ！！」
へし切りも魔王に会いたいとは、口が裂けても言えない。許しが出て、宗三がぱあと顔を綻ばせる。
「よかった。もう蜂須賀と歌仙と山姥切に今回ついて来てくれる よう頼んでいるんです。ここで止められたら、どうしようかと思いました」
「その数だと、どうせ人が足りていないのだろう。付いていってやる」
「私も共に参りましょう」
「助かります。主に伝えてきますね」
刀装を抱え、階段を下る。へし切の元へ歩み寄ると、握っていた刀装を下さいと手を出した。
「要るのか？並だぞ」
「ええ、僕が使いますから」
優しく乗せてやる。宗三が刀装を掴んだ時、指が触れあう。へし切も宗三も、言葉なくしばし指先を見詰めた。
つやりとした刀装越しでも、手放すのが惜しい。宗三にそれとなく覗き込まれていると気付いて、そっと腕を引いた。
宗三はそれだけを、籠に入れず懐に仕舞うと踵を返して行ってしまう。
一瞬訪れた甘い間を打ち砕くように、ガツン、と鈍い音が響いた。
残された江雪が、持っていた鞴で余った銀の刀装を砕く。へし切を睨みながら、言う。
「本当に、本能寺まで付いてくるのですか。主の傍で主命を仰ぐのが生き甲斐では」
「お前こそ、嫌いな戦場に立つんだぞ。お前が貴ぶ和睦の道などどこにもない」
「・・執拗な男ですね。追いかけた処で、宗三は見向きもしませんよ」嫌みを続けられる。
江雪を宗三が兄としか見ていないように、口煩い過去の同僚と煙たがれているくらい、へし切も承知の上だ。
鬱積を抑えて生きる宗三を、羨望で引き裂き愛情に甘やかす我が儘な仕打ちができたら良かった。手荒な真似の末、惚れた相手の泣き顔は見たくない。思い余って臆病な呆けモノが二人、肩を並べて居る。してやれる事と言えば、これ以上深い谷に落ちてしまわぬように、そっと足元を支えてやるだけ。
江雪もへし切も、宗三を想う根底は変わらない。へし切が昔の好で丈夫な草履を選んで履かせてやり、江雪が宗三の手を兄の優しさで引いてやる。それで宗三が歩き出すなら、惚れた冥利に尽きるのではないか。
見込みがないからと、簡単に諦められない。下賜された先の黒田紋に咲く、藤の花言葉を言い聞かせる。
「決して離れるつもりは、ないからな。執拗も誉め言葉だ」
執拗だ。執念深い。へし切もそう思う。
この意地っ張りは、牢に繋がれた楔を打ちきり這いあがった黒田の強さだ。不屈の精神だ。
前の主に裏切られた悲しみに、へし切はしずしずと沈んでいない。黒田の巴を紋に新しく刻み、不屈さを教わった。長い年月、丁重に扱われる身に苦汁を舐めれど、歪みはしなかった。
さあ、江雪左文字。『織田の打ち刀』が培った黒田の意地に戦け。へし切長谷部は容易く、諦めない。</span> ]]>
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		<title>十月十日種付けをしましょう（江宗・R18)</title>

		<description>

弱々しい蝋燭の炎が揺れる元、兄が首…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ <span style="font-size:medium;">

弱々しい蝋燭の炎が揺れる元、兄が首を傾げた。
「・・可笑しいですね」
「何がですか？」
僕はのろのろ口を開いて答える。極めた気持ちよさで頭がぼぉっとしていた。兄が吐いたどろどろの液と埋まったままの性器の熱が合間って、事後のこの瞬間はいつも夢心地だ。
「私がお前と契ってから、幾日経ちますか？」
「・・？ええと、僕が降りてから二か月後に兄さまが来て、それから・・」
指を折って数える。兄は組敷いたままの僕を見つめて、待っていた。手慰みに剥き出しの僕の胸を撫でたり抓ったりして早くと急かす。
「十か月・・くらいですかね」
面倒になって適当な数を口にする。頭を働かすよりも、僕を可愛がってくれる手に気を散らしたかった。
「・・やはり、可笑しいと思いませんか。宗三」
「何が可笑しいんです？」
いつになく真剣な兄に問う。大切に育てていた作物が、野生の動物に食い散らかされる惨劇を目の当たりにして以来、こんな険しい顔をした事がない。
「十月を経たのに、ややこが出来ません」
「ややこってあのややこが出来るんです？」
「ええ」兄が頷く。僕の腹へ手を乗せた。鼓動を探すようにそっと撫でる。
「主から聞いていたのですが、ヒトは子種を腹に注がれるとややこが出来るそうです」
「子種って？」
「これです」
腹に散ったべたべたな白を救う。兄の指が美味しそうにてかてか光るから、僕はぱくりと噛みつく。舌を爪の隙間にまで這わせて舐めとった。
「そうなの。知らなかった。むしろ、この白くてべたべたするのは子種だったんですか」
肉体の仔細には特に頓着していなかった。気にかけ不備を見つけた処で、体の取り換えなんてできない。僕の左胸の刻印だって、泣いて訴えても主は消せやしなかったから。
それにしても、寝耳に水だ。この白いものは兄と気持ち良くなったら溢れるくせに、やたら苦い液体くらいしか思ってなかった。あと、油が切れた時、頼りになる。
ヒトの体は、不自由な割に不備のないよう上手く出来ていると関心したものだ。
「幾度となく宗三の腹に注いできました」
兄が指で僕の唇を楽しそうになぞる。僕は今までたっぷり上からも下からも受け入れた。一つ山を越えた先に有る、ため池ぶんくらいは少なく見積もっても注がれた。もちろん、孕むのはこの腹だ。
「小夜くんに弟ができますねぇ。僕は兄さまに似た子がいいなあ」
くすぐったくなるような可愛い未生事を一人考えていてくれたなんて、嬉しい。まだ見ぬ兄の子に夢が広がる。
「十月十日で腹から出てくるそうですが。お前の腹はそれらしく膨らみもしませんね」
「そう言われれば。ヒト形が宿るなら、膨らんでも良さそうです」
「そろそろ、ややこの形成りを腹越しにでも拝めるのではと期待していたのですが」
だから、兄は眉を顰めていたのか。確かに、飽きもせず幾度となく交わっている。もうややこの一人や二人お腹に根付いて良い筈だ。その兆しすら見えない。
「腹に何かいますか？宗三」
「居るのは兄さまくらいです」
「・・・」
顔を見合わせて、ことりと首を傾げあう。
「・・・おそらく、お前が不逞だからです」
「僕？」
目で困惑を投げ掛ける。
「真っすぐ私を愛さないから、ややこが出来ないのです」
「まさか」
「ややこは愛が有る二人にのみ授かると聞きました」兄が続ける。なら、僕の答えも同等だ。
「僕は兄さまが好きですよ」
「本当ですか？織田の打ち刀と寝るのは何故です。時たま、伊達の太刀とも」
手で兄の唇を塞いだ。自分の罪を暴かれるよりも、閨で兄の口から他の男の名が紡がれるの不義が許せなかった。この場で息をしていいのは、僕だけの兄と兄だけの僕。他人の名一つで空気が汚される。
「兄さまが、居ないから」
「私のせいですか？私は宗三が居ない夜でも、不貞を働いていませんよ」
兄が声音を低く落とした。兄が僕の手を振り払う。失望した、もう声も聞きたくない。そんな連れないそぶりを当てつける。傷つけてしまった。機嫌を損ねてしまった。それがとても恐ろしくて、僕は白状する。
「ああ、兄さま違う。兄さまは悪くない。兄さまが居ないと不安になって、代わりの誰かを求めてしまう僕が悪いんです」
「分かっているではありませんか」
素直になったご褒美は、頭への優しい愛撫だった。捨て置かれたると思った不安が一度に和らぐ。神経も温もりもない髪の毛は、もう兄に撫でられる為に生えているとしか思えない。もっと撫でて、僕に一秒でも長く触れていて。
「そうか、僕が孕まないのは、僕の不逞のせいなのか」
兄が誰とも交っていないのであれば、ややこが出来ない不備はどう考えても僕に有る。
何か大切なものが足りないような気もするが、その『何』が必要なのか分からない。それはおそらく、僕が兄へ向ける無垢で美しい執着だ。
「兄さま！こうしましょう」
妙案を思いついた。兄の手を引く。しっとりと汗ばんだ柔肌に、爪を立てる。がりっと音がして、兄の肌を裂いた。血が滴る。
「僕は、もう兄さまとしか寝ない。約束できます。だから、僕に毎晩種付けしてくれますか？やや子がいつ出来てもよいように、僕と僕のお腹を慈しんでくれますか？」
手をそのまま薄い腹の上に導く。「イイ子にするから叱らないで」と子どものような拙い条件交換を持ちだす。
「ここにね、兄さまの子種を十月十日しっかり注ぎこんで、ね？奥に、僕の奥に、あ、ふ、あっアッつ」
密接していた腰を足で囲み、胸を高く反らして自ら腰を揺する。背中に痛いほど力がかかって上手く動けない。痛みと引き換えに、性器が奥へ届いて快楽を得る。
中の子種が腸を伝って下る熱に、「これならややこが出来るかなあ」と望みを抱く。
「ああッ、んあ、こおやって・・、ね、ぼくのァッ、なかッを、こつこつ、揺すって・・ね？」
手本を見せるように、兄が分かりやすいように慣れた交わりを口で体で教える。煽動するたびに性器がぱしぱしと音を立てて僕の腹を打つ。
「とつ、き、とおか、んッ、はげめ・・ばっ、きぃっと、アぁ、ややこ、でき・・ますよッ」
ややこを授かるのなら、もっと奥深くに宿さなければと焦る。兄さまの大切な子を孕んだら、守れるのは僕の腹だけなのだ。尊い命はできるだけ、体の奥にしまいこんで、朝も夕も慈しんで育てたい。
「・・・そうするだけで、出来ると思いますか？」
「まだ何か足りません？僕は気持ちが良いですけど」
兄さまは子種を吐き出すほど具合がよくなれない？と問いかけ、腹に力を込める。埋まる性器はゆるゆると熱を湛えている。
「お前が本当に、私だけ求めて私だけで気持ち良くならなければ、やや子はできませんよ」
「兄さまはそんなに僕が信じられないの」
再度疑いをかけられ、もう泣きたくなってきた。こんなにも兄が好きで好きで、体でも心でも想っているのに、本心は伝わらない。
心に冷たい膜が覆って苦しくなる。しくしくと涙が溢れ出す。何をやっても信じて貰ないのなら、肌と肌を食い破って心臓を一つに合わせるしかないじゃないか。そうすれば、気持ちに間違いがないと伝わる。
「何を泣きますか。お前を信じていますよ。だから、するのでしょう？十月十日の種付けを」
兄が僕の瞳を舐める。ぬるぬるとした暖かい舌に、まだ僕は捨てられていないと希望を見出した。しとどに溢れていた涙が引いて行く。
「私の愛おしい宗三なら、十月十日に孕んで証明できます。私しか、いないのですから」
「兄さま、必ず。必ず。もう一度、僕の中で子種を吐いてください」
柔らかい舌を追い求め、吸い返す。冷えた鼻先を温めるように寄せ合った。
兄と励めば、きっとややこを授かる。十月十日の芽吹きを、二人で信じた。</span> ]]>
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		<title>好き好き大好き（江宗・小夜宗・R18）</title>

		<description>


宗三はいつにも増して弟の小夜を気…</description>
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			<![CDATA[ <span style="font-size:medium;">


宗三はいつにも増して弟の小夜を気にかけていた。最近、彼に落ち着きが無いのだ。
とにかく戦場へ出掛けたがる。刃を振るっては、狂ったように誉れの称号をかき集める。本陣に帰ってきたらきたで、休息もとらず次の戦を望む。酷い時は審神者の部屋の前に居座り、戦をねだって困らせた。
復讐に生きる身と言えども、小夜は元来残酷な性質などしていない。それは兄であり、親身に接してきた宗三がよく知っている。
（何かあったのでしょうか）
心根が優しい子だ。悲しい想いをしても簡単には口に出せないのだろう。負った理不尽も、戦場でしか露払いできない。弄らしく愛らしい弟なのだ。
宗三は可哀想な弟をついに見かねた。夜戦へ逃げる背を捕まえる。なけなしの力で嫌がる小夜を部屋に連れ込む。武器をとりあげ、正座させた。
兄江雪も小夜の挙動を気にしていたよう。宗三の憂いが伝わってか、この場に加わる。静かに座していた。
「誉れを獲る働きは兄としてとても嬉しいです。ただ、嫌なことが有ってその当てつけに励んでいるのであれば辞めてください」
「理由が有れば、聞きます」と端的に問い詰める。どうも説教臭くてならない。心配で心配で堪らないこの気持ちを、少しでも汲んでくれたら。しかし小夜はだんまりを決め込む。うんともすんとも言わない。
「宗三、そのくらいにしておきなさい。小夜が泣きそうです」
果てどない沈黙を、江雪が破る。震える末弟を見かねて助け船を出したのだ。落ち着きのある江雪の一言に、宗三は成を潜める。宗三にはない説得力が、江雪に備わっている。江雪でならば、小夜の悲しみを引き出せるだろうと期待した。
「小夜が落ち着かない理由を気にしているようですね。宗三」
「はい・・」
「私と宗三が睦み合っているところを見てしまってようで」
「え？」
「見られてしまっていたのです」
「はあ」
江雪が述べた全てを理解するのに、しばし間が必要だった。しかる後、宗三は頭を抱えた。
「えっ、まさか」
「そのまさかです」
肌を重ねる愚行は、小夜が遠征に行く間だけどとり決めている。いつ知られたのか宗三に検討がつかない。そもそもが行為に夢中で宗三にまともな意識などないから、気づけたかどうか謎であるが。
大人の情事を、それも兄弟の馴れ合いを不慮にも覗いてしまった幼心はいくほど傷ついたのか。神経などすり減って暴挙に走っても仕方ない。弟を苦しめた被疑者が実の兄だなんて、情けなくなる。小さな手にすがって「不純な兄を許してください、だけど嫌いになれないで」と泣いて泣いて詫びたかった。
「あ、あの小夜くんは、僕たちの睦み合いを見て、そのショックを受けて？」
小夜は瞳に涙を抱えている。宗三は背徳感から目を合わせていられなかった。
「いえ、そうではなく」
悲観する宗三の僅かばかりの純真を、また江雪が否定する。
「宗三が大きな声で『好き好き大好き、お強い兄さま大好き』と叫んでいたのが、気に入らなかったと・・」
「はい？」
「ですから、おまえが『好き好き大好き、お強い』」
「止めて」
経を唱える平淡さで、己が発した卑猥な文言を並べられると流石に死にたくなった。覗かれた恥を嘆けばいいのか、淫行に甘い身を恨めば良いのか、最早分からない。解刀箱に体を突っ込みたいが、江雪は許してくれまい。きっと丁寧に丁寧に殺してくれる。敬愛する兄に飼われる夢をみて、宗三は背を震わす。
「兄さま、なんでそこまで知っておいでなのですか？！」
「朝餉の席で聞いてはいたのですが」
「私も気になっていたので」と呟く。人目のある場で飛んでもない悩みを引き出した江雪が不憫に思えた。朝当番をサボってまで寝坊してよかった、と宗三は一人ごちる。
「そうですよね、小夜」
「・・うん」
江雪が問いかける。固まっていた体がようやく解かれた。頭が縦に振られる。
「人の交わいは、刀の時に見てきたし、そんなに驚かないよ」
ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。宗三の手を捕って訴える。
「僕は嫌われているの？江雪兄さまみたいに、強くないから好きと言って貰えないの？」
江雪のように強くないから好かれていないと勘違いしたらしい。だから、強くなりたいと焦り、戦に駆けていたのだ。
「そんな訳、ないでしょう。なんて馬鹿な」
察しの悪い弟が愛おしい。目に入れても、連結で肉を抉る刃を咀嚼しても痛くないのに。宗三も江雪も小夜を嫌いになるはずがない。むしろ邪険にされる日が待ち受けているのではないかと怯えている。
「なら、僕にも言ってよ。江雪兄さまに、したみたいに」
「それは」と宗三は難色を示す。いくら小夜が可愛くとも、己の欲望のまま無体を働けるほど酔狂ではい。
「宗三、何を手間取っているのです。おまえのここなら私と小夜のものくらい受け入れられましょう」
「！？兄さ、ま！」
ふいに後ろから江雪に抱きとめられる。宗三の下半身にするりと手が這う。江雪が何を仕出かそうとしているか、察した宗三はもがく。それは敵わない。秘肛に細く長い指が宛がわれ、埋る。不意の快楽と弟に晒す挙動に宗三は慌てた。
小夜はまた一人置いてきぼりにされると思ったのか。これが不浄の行為の入り口と知ってか知らずか宗三に抱きつく。
「兄さま、僕のことが好き？」
可愛い声に攻められる。小夜の唇が近い。
「さよ・・くん、だめ！ま、まだ、あなたには早いからっ！」
指で深く腸内をえぐられた。腹がうずく。無言のまま先を急かす兄は意地悪だ。
きっと江雪は、小夜に話を聞いた時からこうなると見通していたのだろう。いや、仕組んだと言っても良いかも知れない。人が悪い。遊ばれてしまった。
けれど宗三は盲目であるため恨まない。すでに怒りも通り過ぎていた。
「ああ、もう！・・好きに決まっているじゃないですか。兄さまも小夜くんも、大好きです！」　
宗三は喜んで二人に身を投げ出す。抱擁と口づけと、それから先を甘受した。

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		<title>僕のいろは</title>

		<description>
宗三左文字は己の着物をほとほとと眺め…</description>
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			<![CDATA[ <span style="font-size:medium;">
宗三左文字は己の着物をほとほとと眺めていた。
(・・なんて目立つ色)
つい先ほど、干していた着物が消えているのに気付いた。強い春風に拐われたのだろう。
遠くに飛ばされた覚悟で探しに出たものの、あっさり見つけてしまった。桃色の着物が一枚、緑一面の野原に映えていた。見つけた際、率直に「目立つ」と宗三は感じた。
（せっかく上手く畑仕事を抜け出せたのに。こんなに目立っては・・）
無意識に髪をかきあげる。自分も同じように目立っていると思うと、ため息を溢したくもなる。
一緒に散った兄の袈裟が近くで見つかって助かった。自分の着物より、兄の袈裟を飛ばしてしまった不手際で胸が痛かったのだ。まとめて拾い上げる。
『あんたは、春を匂わせる身形をしているんだね。生き物を惹き付ける、暖かな色だ』
審神者に、自身の身色をありのまま伝えられた事がある。現世に降りたばかりの宗三を掴まえて、『恋の色かな』と下らない冗談も飛ばされた。
言葉の通り、宗三の身色は自然界で艶やかな性を見せびらかしていた。剥いだ袈裟の下から現れた桃色の花に、宗三もほんの少し、奪われる。
人の心にも、同じように作用するらしい。
「小夜くんのお兄さまは、綺麗ですね」
それを飾りなく教えてくれたのは、短刀達である。授肉し初めて皆の前へ顔を出した宗三を、短刀達は無邪気に評した。
「遠征先で、同じような綺麗な色のお花が咲いてるの。今度見に行こうよ」ともはしゃいでみせる。
正直な話し、宗三は貧相なこの見目に落胆している。外見は歴代の主、記憶の強かった色が表に出ると聞いてから特に。
(僕は誰にも似ていない)
宗三は小川を覗き込んで、身を映す。
三好宗三の出で立ちはあるか。武田信虎の声と似ているか。今川義元の恰幅が揃っているか。織田の・・。
そこまで遡り、宗三は辞めた。男にしては頼りない胸元に残された刻印。皮肉にもあの魔王の色が宗三に一番濃く現れていた。
(せめて、義元さまの影が残っていれば・・こんな・・)
それすらない自分は精々、刀を飾る掛台が似合いだと卑屈になる。宗三は有るだけでよかったのだ。刀掛台と大差のない存在。金銀財宝を囲う狭く煌びやかな世界そのものの色を、この体は反映しているのだ。
だから『綺麗』と囃される好意は、この上なく苦痛だ。一見、他人を賞賛するに便利な言葉は、宗三にとって皮肉でしかない。
(血を吸わず、権力者の腰に居ついたお飾り)
(刀の身に削ぐ、大層な御身分で)
(さすが歴代の大主に愛され慈しまれた美しさよ)
甘言を掛けられれば掛けられるほど、空耳が痛くてかなわない。
宗三は顎を上げた。兄の袈裟を大切に畳む。ゆるりと腰を上げて居城へ帰った。珍しく苦手な畑仕事をサボれた功績に、今は満足するしかなかった。





城に帰ると、小夜に出くわした。今朝方でかけた遠征が終わったのだろう。
「お疲れ様でした。怪我はないですか？」
気ダルそうな弟を労わった。「怪我はないよ」と少し不満げな声が聞こえる。どうやら、血の気のない良い遠征だったらしい。
「小夜くん、鞘に花が」
「藤四朗の子に着けられたんだ・・」
小夜の鞘に桃色の花が不器用に巻き付けられていた。小夜は居心地が悪そうに隠そうとする。
「綺麗だって。兄さまと同じ色で」
「・・・」
無垢な棘が身に刺さる。藤四朗が多すぎてどの子か分からないが、小夜を楽しませてくれようとした幼心は分かった。薬研を見かけたらお礼を言っておこうと決める。
「・・珍しい花ですね。後で一緒に何と言う花か調べましょう」
部屋に審神者から借りた花の本が有ったはず。兄の江雪が楽し気に見ていたから、簡単に返してはいないだろう。小夜が首を振る。
「・・・兄さま、無理しなくていいよ」
優しい小夜は『何を』とまでは言わない。鞘から抜いた花を道端におく。部屋で飾らず、そのまま土に返してやるのだろう。
「言葉のままを、素直に受け取れば・・・嬉しいですよ」
無理に笑った。名も知れぬ花を拾う。綺麗と思う心に悪気などないのだ。
小夜の小さな手をとって「帰りましょう」と促した。







小夜は宗三の膝を枕に小さな寝息を立てている。夕餉の後に湯浴びを済ますと、小さな体は根をあげて猫のように丸まった。
「僕も、兄さまや小夜くんと似た、澄んだ色だったらよかったのに」
花を調べる兄の江雪に、その夜宗三は不満をこぼす。小夜の硬い髪を撫でた。弟に嫉妬している自分に気づいて、肩を落とす。醜くてたまらない。
同じ銘なのに、どうして自分だけ身色が違うのか。振りかかった不遇は拭えないにしても、せめてせめて慕う兄や弟と同じ毛色ならこの傷も浅かったかもしれないのに。
何かにすがりたい欲が宗三を焦がす。
「この体は、主の影響が強くでると聞きました」
相槌だけ返す。兄は弟よりも察しが良く、宗三が言いたいことをおのずと理解してくれる。
「・・今でも心に残る、思い出はないのですか・・？」
「思い出・・？籠の中以外の思い出が僕になんて・・・」
唐突に難題をぶつけられて戸惑う。
兄はただ優しい。用意されていない答え探しを、悩む弟の為に付き合ってくれる。
「私は、わずかながら覚えているものもありますよ。良い思い出が、この身にも」
兄が首を傾げて問う。思い出してみなさい、と。たっぷり時間をかけて、宗三は退屈な日々を振り返る。
「・・・婿引き出として、義元さまと御会いした時、でしょうか。鞘から僕を抜いた義元さまは、声を上げて喜んで下さいました。まるで、子どものようにはしゃいで。その喜びようが可笑しかったのか、隣にいた姫様もお笑いになって。御二人とも肩を揺らして、頬を色付かせて」
楽しかった、と偽りなく言える思い出だ。一度外に出せは、するすると口が動きだす。暖かな情景が日の光を浴びたように浮かび上がる。
「お前は、その時の色を持って生まれたのかもしれませんね」
髪を掬われた。今川夫婦の初々しい日々が、宗三の色だと兄は諭す。その身に賜ったのは、幸せだった日の色だ、と。
宗三の視界が緩む。なんて苦く、なんて暖かな思い出なんだ。
「あぁ・・僕は、それすらも気付かないなんて」
「宗三・・・」
目元を拭ってくれる、優しい手に頬を擦りよせ甘えた。
「兄さま、僕を『綺麗』と言ってくださいませんか」
義元さまから頂いた、この愚かな身を褒めて。 


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		<title>春潮</title>

		<description>

元親は煙管を吸った。
煙を肺まで吸…</description>
		<content:encoded>
			<![CDATA[ <span style="font-size:medium;">

元親は煙管を吸った。
煙を肺まで吸い込まず、口の中に貯める。唇をすぼめ、勢いよく肺から空気を押し出した。白い輪が、ふんわり空中に浮かぶ。寸の間漂い、ゆっくり空へ溶け込んだ。
その穴のあいた輪から、輪刀を持つ愛おしい人を想像できる。たかが煙で情人を連想できる元親には、盲目という言葉がぴったり似合う。気を良くし、もう一つ作ろうと煙管を噛む。
「暇だな・・」
だが、やめた。煙管を咥えたまま、口をもごもごさせ独り呟く。何も面白くて、輪を浮かべているのではない。
今は、客室で元就を待っている最中だ。煙を吹かす遊びは、読書などじっとする趣味のない元親が、高松城で唯一行える、上品な暇つぶしである。
『弥生の始め頃、そっちを訪れるからな』
とある日、元親にしては珍しく、元就へ文を送った。文自体は珍しくない。交易や豊臣の動向に関して、よくやり取りはしている。
いつも気まぐれで中国へ赴く元親が、訪問する旨を記した文を送った。これこそ、空と海がひっくり返るほど珍しい。
『貴様の律儀な気まぐれが、嵐を呼んだかもしれぬ。波に揉まれ、海の藻屑とならぬよう、日輪を奉れ』
元就の返答は、元親の気まぐれを災厄の前触れとした。不運の訪れをこじつけ、元就が崇拝する日輪を奉らせようとまでしている。
「素直に気をつけろ、って書けばいいのにな」
書き手の指先が素直でなければ、必然内容も素直でなくなる。情人の不器用さを感じ、クツクツと元親は喉の奥で笑った。文を潮風に流されぬよう、懐の奥へしまい込む。

記したとおりの日時に、船は中国の港へ着いた。心配した嵐に襲われることもなく、部下が誤って海に落ちる事故もない。まさに日輪の加護いらず。順風満帆の渡航だった。
（元就は、何処にいるんだ）
船から降りる前に、元親は甲板から元就の姿を探す。
若い娘、魚売り、坊主に旅人。色とりどりの小袖が交ざり合う港は、見ているだけで面白い。高い所から眺めると、まるで具で溢れる鍋を、目の前にしている気分だ。
賑わいの中、萌黄色の小袖を見つける。もしや元就か、と元親は身を乗り出した。つい、と萌黄色の人物が振り返える。育ちは良さそうだが、全く見知らぬ青年である。
「紛らわしい」と、船の上から恨みたらしく、元親はガンを飛ばした。可哀そうな赤の他人は、飛んでくる殺気に勘づいたのか、足早に港から姿を消す。
しばらく雑多な人の行き交いを元親は眺めた。待てど待てど、元就は現れない。港に来ていないのか。
（元就が出迎えに来てくれる。なんてなあ）
元親は、砂糖でできたコンペイトウより甘い出来事を、密かに期待していた。いつも書かない文をわざわざ送ったのも、元就の出迎えが欲しいためだ。
（やっぱり、か）
現実に肩を落とした。付き合いが始まって数年。片手で足りる程だが、付き合い始めた恋人のように、出迎えを強請るなんて、元親らしくなかったのかもしれない。
「アニキ、残念そうですね」
「アニキが珍しく文なんて送るから、毛利の大将、風邪でも引いたんじゃ」
「だから、毛利の大将は港に来てないんだな」
港と元親の様子を交互に見た野郎共が、ここぞとばかりに囃したてる。人の不幸をにたにたと嫌らしく、元親の前で笑ってみせる。
「痛つ！」
口々に茶々を入れる野郎共の頭を、元親は順に小突いた。三人共、両手で頭を押さえて涙ぐむ。泣きたいのは元親の方だ。早く船を付けろと、怒鳴って八つ当たる。
「あれ、毛利の家臣ですかね」
太い綱を抱えた一人の部下が、港の一点を指さす。その先に、目じりに皺が目立つ、中年の男が居た。城でよく見かける毛利家臣の顔だ。
彼は有能だ。『駒』と罵られようとも、戦となれば元就の背を任される。手腕と見なされ、元就に重宝される地位は羨ましい限りだ。そんな嫉妬の念を持ちつつ、元親はしっかりと彼の顔を覚えていた。
その彼が、元就の代わりに元親を迎えに来たのか。あちらもカタバミの家紋に気づいたようで、船に近づいてくる。
城へ行けば元就がいるのだ。ここでへそを曲げてもしかたない。元親は、眉の下がった表情を海の男らしく引き締める。そして、単身船から飛び降りた。


＊	＊　＊


「元就さまは、軍議中で会えない」
船旅を労う優しさもなく、顔を合わせた毛利家臣は、いきなり要件を伝えてきた。
軍議があるなんて、返答の文には一言も書かれていなかった。あまりにも唐突で、敵が攻めて来たのかと元親は心配になる。もしや、気まぐれに送った文が、元就に風邪を運んだのか。布団にくるまれ高熱で喘ぐ元就を想像して、元親は青ざめる。
「いつ、その軍議とやらは終わるんだ？」
耳に入って来る周りくどい言葉を、元親は最後まで聞き流した。少し間をあけ、一番気になる問いを丁寧に投げ掛ける。
「日が暮れるころか、月が出るころか、私には見当がつきませぬ」
毛利家臣に焦った様子はない。毛利に危機が迫る、一大事ではなさそうだ。風邪でもないという。
元親は胸を撫で下ろす。
「終わったところで、元就さまが貴殿とお会いになるかどうか」
毛利家臣が嫌味ったらしく後に続けた。不躾な態度に元親はむっとする。
「今日は会えないから、また来いと元就が言ったのか？」
「いいえ、ただ軍議で予定より遅くなる、とだけ」
　堂々と言葉を濁す毛利家臣。
（こいつ、本当はいつ軍議が終わるか、知ってんじゃねえのか）
そっけない物言いに、元親は疑いを向ける。冷ややかな態度は、わざと軍議がいつ終わるか、教えないようとしていると思えた。
元就なら、終わる見通しを必ずたてる。時間がかかるなら「しばらく待て」と一言添える筈だ。
先の先を読む、計算高い性格は、こういう時に有難い。それに、日が暮れようとも元親が待ち続ける性格だと、元就は知っている。
互いに互いを手のひらで転がし合う、腹の探り合いから始まった関係だ。元親が元就の性格を深く理解しているなら、その逆も然り。
　しかし、毛利家臣の口からこれ以上要件は加えられない。軍議中で今は会えない、と言い張るだけだ。元就は、帰るも帰らないも、元親に任せるというのか。
『今日は諦めて早く帰れ』
少ない情報に悩む元親は、毛利家臣に無言の眼差しで訴えられる。一刻も早く、中国から出港させようという、目に見る態度が腹立たしい。
何故、中国訪問を邪魔されなければならないのか。今回は気まぐれでもなく、文で元就の許可を取った上での訪問だ。それをいつ終わるか知らされない唐突な軍議で、破棄する淵まで立たされている。
「なら、その軍議とやらが終わるまで、城で待たせてもらうぜ。いいよな、俺からの文は届いてたんだろ」
その場の勢いで船を離れ、城の客室で待つことを選んだ。
（軍議が終わるまで、居座ってやる）
元就の顔を見ずにこのまま引き返す。そんな情けない出航はできない。喚きだした腹の虫も「元就を抱き締めるまで、怒りがおさまらない」と主張している。
「お前らは、ここに残ってろ。あんまり遠くに行くんじゃねえぞ」
船に向かって一声かけた。威勢の良い返事が、気持ちよく港に木霊する。見張りを兼ねて、野郎共は船に残した。この時は、これこそ賢い選択だと元親は思ったのだ。


＊	＊　＊


頭に血が上った時の決断ほど、後になって後悔する。元就や信親に、耳が痛くなるまで吹き込まれたこの一言。その意味を、やっと元親は理解した。
とてもとても暇なのだ。することもなければ、話し相手も居ない。試しに愚鈍な選択を選んだ己を叱ってみても良いが、傍からすれば怪しいだけだ。暇つぶしにもならない。
（せめて、貞親だけでも連れてくればよかったな）
軽率な己を、元親は怒るでもなく叱った。実際、野郎共を呼べば、一人や二人どころか元親の為にと、大勢で押し寄せて来るだろう。それでは、たちまち客室が満室になってしまう。元就に「五月蠅い」と怒鳴られ、主従揃って萎縮するオチも見えた。
ここからはあくまで元親の予想だが、大半の野郎共は今頃城下町で遊んでいる。何かと理由をつけて、元親は中国の元就に会いに来ている。中国に停泊する間の暇を、野郎共に楽しむなとは言えない。元親の勝手な都合で呼びつける。なんて、可哀そうな非道は、余計できなかった。
加えて、いつ終わると知れない軍議を、元親は待つ身である。野郎共を呼ぶとなれば、毛利家臣に頼んで、城まで来るよう、伝えてもらう必要があった。それが、腹の虫を引きずる元親にとって許せない。
頼るくらいなら、煙を吹かし待つ方が良い。そう意地を張り続け、かれこれ１刻は経った。
「宮内少輔様」
二つ目の輪を漂わせていると、障子越しに声をかけられた。まだ大人になりきれていない、少年の声だ。
「お待たせしました。元就様がお待ちです」
短く返事をすると、小姓が音もたてず障子を開く。室に蔓延した煙が不快だったのか、それとも無体に寝転がる元親が気に食わなかったのか。開けた瞬間に、小姓は眉を顰めた。
血の繋がりもないのに、小姓の仕草は元就そっくりだ。これが、使える城主に似てくるという現象か。
「やっと、軍議が終わったのか」
「はい、ただいま終わりました」
元親は、煙管の灰を受け皿に落として立ち上がる。ずっと同じ態勢で肩が凝ってしまった。腕を軽くまわし、体をすっきりさせてから客室を出る。
「案内は、いらねぇよ」
元親は振り返る。着いて来ようとする小姓と目が合った。整った顔に、やんわりと断りを入れる。
元就の私室が何処にあるか、元親は知っている。使いなれた煙管に噛み痕がつくように、何度か通ううちに覚えてしまった。
「・・・」
小姓は何も言わない。元親が元就の私室へ迷わず行ける事を、小姓も知っている。何度か同じやり取りをして、彼も覚えたのだ。
間をおかず、「はい」と、どこか拗ねた声で小姓は頷く。元親は礼の代わりに、小姓へ手を振った。


＊	＊　＊


暦の上では春だとしても、空気はまだ冷たい。縁に触れた足先がひんやりする。
元親は、一番日当たりの良い東の部屋を目指した。そこが元就の私室だ。広い高松城でもう迷わない。以前は、好奇心で行き先も知らない縁を歩き、よく帰り道に困ったものだ。
一番強烈だった思い出は、異教徒の肖像画が金の額縁で飾られている、趣味の悪い部屋だ。見覚えのありすぎる顔に、口を開けてしばらく眺めつくした。次に、腹立たしさと危機を感じて、肖像画を隠し去った。
「何処へ絵を隠した」
後日、元就に絵の所在を厳しく問い詰められ、一時臨戦したのも懐かしい。今では興味を引く珍しい物もない。故に、ちょっとした寄り道もしなくなった。　　　　　　　　　
ただその日は、元親の歩みを止めるものがあった。梅のつぼみが、丸く膨らんでいる。
暖かい季節がすぐ傍まで来ていると、告げていた。甘い匂いが香るには少し早い。それでも、期待して元親は胸一杯に空気を吸い込む。生温かい酸素で満たされた肺は、冷たい刺激に震えた。
「貴殿が、」
声に、振り向いた。青年が二人、元親の前にいる。丁度、元親が行こうとした方から来たようだ。もしかしたら、青年達は軍議に参加していたのかもしれない。
手前に居る青年が、づかづかと元親に歩み寄る。元親は仏頂面と向かい合う。
「貴殿が、長曾我部元親殿か」
「ああ、そうだ」
嘘偽りないと、認めて頷いた。ここに元就が居れば、「そ奴は田舎海賊・長曾我部元親ぞ」と、ご丁寧に嫌みつきで証明してくれるだろう。
途端に青年は両目をキッと吊り上げ、元親を睨んだ。ころころ変わる表情に、元親は忙しい奴だなと、悠長に構える。
「・・元就さまに、どんな宝を貢いで、取り入ったかは知らぬ」
宝を貢ぐ。元就に取り入る。まるで、元就をたぶらかしたかのような酷い言われように、元親は呆れた。
確かに、これまで宝を多く贈りはしたが、全ては元就の喜ぶ顔を見たいがためだ。
加えて、宝で取り入るなど下賤のやる稚拙な策だ。乱れた世で使い古された手を、未だ使う輩がいるとしたら、時代遅れだと知らせてやらねば。
「しかし、元就さまは貴殿の本心など、全てお見通しよ！」
「それはお前の勘違いだ」と、訴えようとした元親の声は、青年の唸りにかききえた。
元親は手を掲げる。だが、やめて引っ込めた。
青年のつやのある肌は水々しい。十分な若さを感じさせたるためか、元親は暴言を吐かれているにも関わらず、青年の姿が子犬と重なって見えたのだ。
怒りに沸いた若い部下を、落ち着かせる方法として、頭を撫でる妙技が、長曾我部軍に存在する。元親が一つ撫でると、あら不思議。たちまち怒りを鎮め、大人しくなる。効果抜群の技だ。
しかし、相手が毛利の部下となると、効き目はあやしい。逆に子犬の興奮を刺激して、腕に噛みつかれない。
「あのなぁ、」
あやす術もなく、どうしたものかと元親は困りはてる。子犬を諭すべきか、反論して取っ組み合うべきか。どれをとっても、最良の和解とは思えない。
「申し訳ございませぬ、宮内少輔様」
張りつめた空気を、穏やかな声が破った。誰であろう、後ろに居る青年だ。子犬よりは年上に見える。背が高い。育ちが良さそうで、大人びた雰囲気をしている。そこが元就と少し似ていた。だが、元親と比べてもまだまだ若い。
「若輩ものにて、弁えを知らないのです」
子犬の頭を掴み、無理やり頭を下げさせた。温厚な顔立ちのわりに力は強いようで、逆らおうとする子犬の頭を涼しい顔で押さえつける。そして子犬の背を小突いた。不快、と書かれた顔を子犬はあげる。
「申し訳、ございませんでした」
実に可愛げのない言い方だ。今度は深々と、補助なしに子犬が頭をさげる。
「何故、私がこんな男に」
不貞腐れた声で吐き捨て、目も合わさず行ってしまう。元親と長身の青年が残された。青年は眉をハの字に下げる。
「申し訳ございませぬ。先ほど、元就さまの私室にて、宮内少輔様から頂いた、見事な椀を見せて頂きました。そこで何を勘違いしたのか、宮内少輔様が元就さまに宝の山で取り入ったなどと・・・。身分を弁えず、宮内少輔様にあのような無礼を働いたこと、あとで厳しく申しつけておきます」
長い詫びを告げた後、長身の青年はため息を零す。飼い犬の躾に、苦労している。そんな言葉が似合った。
元親は「気にするな」と、手を振る。売れもしない油を売ってないで、元親は早く元就のもとへ行きたかった。それを察してか、青年は急いで元親に道を譲る。静かに頭を垂たらした。
「ですが、彼の言う通り。宮内少輔様は同盟国であり、いくら元就さまと仲が良くなろうとも、毛利の者ではないことを、お忘れにならないでください」
すれ違った瞬間、青年の穏やかな声が響く。
「元就さまの御心は毛利にあるのです。宮内少輔様は、元就さまにとって、吹き抜ける風の一部でしかありません」
思いもよらぬ忠告に、元親は振り返ってしまう。
　確かに、元就は西国一の知将と謳われ、策の上に策を重ねる曲者だ。元親とて、元就の秘める野心と、それを完遂させる非道な行いを忘れたわけではない。
四国を奪うために、元就が心を開いたふりをしている。片手で足りる元親との数年の付き合いも、罠の途中だ。と、青年は言いたいのか。
青年の頭は、縁へ向けられたままだ。しかし、眼は鋭利な刃物と同様で鋭い。客室に現れた小姓が、元親に向けた眼と似ていた。
『元親は吹き抜ける風。元就の心は毛利に』
遠まわしに投げつけられた言葉が、元親に重くのしかかる。苦みのある、払いきれないしこりを残した。元親は舌打ちして頭を掻く。
「ったく、何が言いたい」
「言葉の通りです」
　目元だけを強張らせ、青年は涼やかに笑みをこぼす。かち割ってやりたいほどの、清々しい笑顔。
　煮え切らない青年に苛立つ元親。清楚な装いに隠した言葉を、無理にでも此処で吐かせてやろうか。邪心が覗く。
　しかし、元親は拳をあげない。毛利家臣との争いは、元就に堅く禁じられていた。犯せば理由はなんであろうとも、しばらく中国への渡航は許されない。元就が定めた掟の前では、元親も無力。焦燥で揺らぐ拳を握るしかなかった。



＊	＊　＊


元就の私室について、元親はまず火鉢を目指した。子犬に噛みつかれ、長いこと縁に立ちつくしたせいで、体が冷えてしまった。それに元就は、火鉢の上に網を置き餅を焼いている。
「遅かったな、元親」
火鉢を挟んで、元就の前に座る。元就が火箸を片手に、こちらを向いた。
元親に会えてそんなに嬉しいのか、元就の頬が赤く染まる。そんな筈がない。事実であればそれこそ何かの罠だ。元就は、目の前の餅が楽しみなのだ。
「てっきり、不貞腐れて帰ったと思っていたが」
「１刻も待たせたお前が、言えることかよ」
網の上の餅が、焼き上がった合図に膨らむ。庭で見た、梅のようだ。
「貴様のことだ。我が帰れと言っても、終わるまで待つであろう」
　さすが元就。全てお見通しだ。焼き上がった餅を前に、元就の目元がとろける。
「まあな」
元親は短く相槌、餅を手にとった。あまりにも熱く、掌で右往左往させた後、服の裾で包む。
「貴様より、勉学熱心な駒に、兵法を授けるほうが大事でな」
丁寧に焼いた餅を元親にとられ、元就の眉間に怒りの皺が寄る。餅をこれ以上とられまいと、火鉢を自分の方へ引き寄せる。
「兵法？軍議じゃなかったのか」
軍議でなかった。元親は聞いて驚く。
「今日は貴様が来ると申しておったから、軍議は入れておらぬ」
元就は、焼き上がった餅を全て皿に移す。餅がなくなった火鉢に、元親は手をかざした。
「突然、兵法を学びたいという駒が来てな。我も貴様を港に出迎えるまで暇だった故、教えてやった。ついつい長引いてしまったが」
元親に奪われることを恐れて、元就は皿を離さない。手を出そうとすると、怖い顔で睨まれる。
（変だな）
確かに元親が此処に来た時は、家臣の口から「軍議中」と聞いた。しかし、喜ばしいことに元就には元親を港まで出迎える意志があった。許されるなら、餅をもぐもぐ食べる元就を抱きしめたい。二人を温める火鉢が、これほど邪魔な存在だとは知らなかった。
（こりゃ、謀られたな）
元親は頬をついた。どうやら、元親は毛利家臣に謀られたらしい。
おそらく、元親が来ると知らされた家臣たちは、元就と合わせまいと策を練ったのだ。
ある者は港まで出向いて、船を追い返そうとしたり。またある者は暇な元就のもとへ兵法を習いに行ったり。あの手この手を使い、両方を上手く足止めさせた。元親が、律儀に文を送ったことで、毛利家臣一団に策を練る準備期間まで与えていたのだ。
嫌がらせを受ける理由など、元親はいくらでも思い当たる。元就の私室で、小型のカラクリを披露した時、誤って零れた火薬に火をつけた。あのボヤ騒ぎは、御家をあげての一大事にまで発展し、今ではちょっとした笑い話しである。執務で忙しい元就にちょっかいをだし、仕事を滞らせるなんていつものことだ。無秩序を嫌う毛利家臣一団が、無法者の元親を気に入るとは到底思えない。
（あいつら、もか？）
ふと、二人の青年の姿が浮かぶ。わざと元親を怒らせ、騒ぎを起こし、城に近づけなくさせる策だったのかもしれない。今思えば、毛利の家臣としては行動が軽率だ。
（あの小姓も？）
疑えば疑うほど、泥濘にはまってゆく。こういう手の込んだ所は、流石、元就の駒と言うべきか。野郎共には到底できない真似ごとに、元親は感服する。野郎共なら、策を仕掛けるより先に手を出す。拳を振りまわす姿が、容易に想像できた。
降参だ、と素直に両の手を上げる。何処からが策なのか推測もできない。ただ、これだけは確かだ。毛利家臣一団の恨みに、少なからず私情が含まれている。
特に青年や小姓には、中年の家臣とは違う、嫉妬が潜んでいた。中年の家臣が、よそ者を排他する嫌悪を向けてきたのであれば、若者達は敬愛する人を盗られた、情愛の恨みが込められている。
冷淡すぎる性格を覗けば、元就は十分魅力的だ。富んだ知略。笑えば妖艶な表情。頑固な自尊心の中にみせる、儚い弱々しさ。
そこに元親自身も惚れ込んだと言えるし、元就と毎日顔を合わせる家臣達が心揺さぶられても無理はない。元就は、熱心に熱を上げられている。
「お前ってけっこう、言い寄られたりしてないか」
持っていた火箸を、元就に向けて気を引く。急に不安になった。元就の気が、変わってしまうのではないかと。
「戯けたことを。我に言い寄ってくるなど、貴様くらいぞ」
元親の気持など露知らず。餅を食べ終えた元就は、皿を差し出す。餅はもうないのに、まだくれと言う。
（冷たくしてるのに、どうやったらここまで好かれるかねぇ）
毛利家臣は、揃いも揃ってそういう性質なのだろうか。呆れて言葉もない。先ほどの怒りも、どこかに吹き飛んでしまった。
しかし、元親は青年に言われた一言を、未だ引きずっていた。もやもやと、心は黒く醜い感情に覆われる。
「なぁ、まだ四国が欲しいか」
元就が四国を攻略する様子が見られなくとも、油断してはらない。情けない事に、元親は再度危機を感じたのだ。
瀬戸海を挟んで睨みあった、殺伐とした時間を思い出す。幾度、瀬戸海に大砲を響かせたことか。煮え切らない駆け引きが面白くはあったが、二度と元就と刃は交えたくない。手放せば、元就は帰ってこない。見えない事実に、薄々元親は勘づきもしていた。
元就の事は、信じている。それでも、安心させてくれる一言が欲しい。此処で聞いておかなければ、子犬に吠えられた不安が拭いきれない。だから、問いた。
からんと、乾いた音を立てて炭が崩れる。元就に、鳶色の目で見つめられる。
「元就さま、御餅をお持ちいたしました」
頼んでもいないのに、追加の餅を持った小姓が現れた。とんだ邪魔に、問いが流される。
「使える駒よ」
元就は嬉々として部屋に招き入れた。とうてい褒めている様には思えない言葉をかける。しかしこれがよほど嬉しいのか、小姓は頬を赤く染めて答えた。
元就の頑なな瞳。情けない自分自身。元親は他の誰とも顔を合わせるのが億劫で、黙って炭をつついた。


＊	＊　＊


「元親、先の答えだが」
　網の上で焼ける餅を眺めていると、元就が口を開いた。小姓は追加の餅をとりに、席を立っている。
「四国を落とそうと思えば、我にふ抜けた貴様を殺す機はいくらでもあった。それでも、貴様の首は繋がっておろう」
　元就は言い残し、餅を口へ放る。行儀よく咀嚼し、飲み込む。
「それでも信じられぬなら、悪さができぬよう、我を四国に閉じ込めておけ」
元就を見つめ、元親も餅を手に取る。手のひらが、じんと熱で焼ける。元親は餅に噛みつく。今までの不安をと一緒に噛み砕き、飲み込んだ。
言葉が、ゆっくり心に染み込む。これが、四国を落とす策であるものか。元就の口からここまで聞けたのなら、むしろ本望だ。何もかも放りだし、元就と静かな山間で暮らしてもいい、とさえ思う。
「嗚呼、貴様と共に四国で暮らすのも、退屈せずに良いかもしれぬ」
ふふ、と餅に向けて元就が微笑む。元親はいよいよ火鉢を吹き飛ばし、抱きついた。渇きを覚えた腕が、動かずにはいられなかった。
元親の重みに、元就の体が倒れる。皿の上に乗せられていた餅も、一緒になって宙を舞った。そして、折り重なる二人の前に、ぼとりと落ちる餅。
「先の手、発！」
　餅の恨み！と、元就が怒る。元親は緑の光に呑まれ、畳ごと高くひっくり返った。


　その後、練りに練られた家臣一団の罠が、あれだけで終わる筈もなく、元親は四国へ帰るまで翻弄され続けた。
しかし、元親とて一国の主。半日もしないうちに、披露される策をかわすまで成長した。いまや、襲い来る策を火種にしないよう、器用に応戦している。
毛利家臣一団も、仕掛け甲斐がある、と意気揚々だ。熱は更に増してゆくばかり。そのやり取りは、まるで戦場に飛び交う弾丸さながらだ。
「駒と元親の仲が良いが、何かあったのか」
餅を咀嚼しながら、元就は小姓に尋ねる。殺気を腹の奥底に隠し、いい笑顔でじゃれ合う家臣と元親に疑問を感じた。双方とも、戦場で友を得たような、実に清々しい表情をしている。
「さあ、何があったのでしょうか。私には、見当もつきませぬ」
敬愛する城主に、小姓は愛らしく首を傾けた。
水面下で繰り広げられる、毛利家臣一団と、長曾我部元親の戦いについて、小姓が元就に伝えるべき事は何もない。全ては毛利の為、元就の為を思っての策だ。
火鉢で餅を転がし、何食わぬ顔で小姓は目の前の闘争を眺めた。できれば、長曾我部元親が粉々に砕け散り、春の穏やかな潮に揉まれるまま、瀬戸海に沈んでしまえと念じながら。
　元就は、不可解な現象を気にしつつも、焼き上がった餅の芳香に誘われていた。

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2011.5　『瀬戸に、銃声』より ]]>
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		<title>花は盛りに</title>

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　元親は息をしたくない。
　手で鼻…</description>
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			<![CDATA[ <span style="font-size:medium;">

　元親は息をしたくない。
　手で鼻を抓み、口を塞ぐ。鼻から肺へ、口から肺へ、酸素の輸送を妨害してみる。
「うっ」
　息苦しさに体がすぐ音をあげた。ぷはっと息を吐き出す。大きく胸を膨らませ、酸素を取り入れる。それでも、絶えまなく繰り返される生命維持の活動が煩わしい。
普段なら、虫の音と等しい些細な息を気にしない。むしろ生きて行くかぎり、呼吸は大切な運動だ。
例えば寝付けない夜。闇に漂う微かな息づかいにそっと耳を傾ける。意識を合わせれば、安らぎを覚え、いつしか眠りに落ちる。
元就と過ごす、別の夜。腕の中ですやすや寝息を立てる元就を何度眺めて眠った事か。無防備に眠る姿は元親の胸を高鳴らせる。仏頂面が剥がれた何も繕っていない頬を、撫でずにいられなくさせるのだ。
何より呼吸は、生きている証だ。胸に手を当てれば自覚できる、とくとくと脈打つ生命の力強さ。肺に酸素を取り込み、丸々一日動き続ける心臓。その過酷な労働あっての命に感謝しながらも、今は律儀に上下する体が憎い。
呼吸が憎いからといって、元親に死への憧れは全くない。呼吸を止めれば、魂と体が切り離され、三途の川へ運ばれる結末を重々承知している。
三途の川を渡るにしても、今の元親では不可能だ。日の本に眠るお宝の山に未練たらたらであるし、溢れる活力も未だ枯れそうにない。六千文を握りしめ、船に乗り込んだ所で、煩悩の数に沈んでしまう。
「肉体的にも、精神的にも、不慮がない限り長生きできましょう」
掛かり付けの薬師からも、お墨付きを貰ったばかりである。よって、健康な体と尽きることのない野心を携え、元親はあちこちへ船を走らす。これでは死へ程遠い。
「貴様の気力を、もっと他のことに使えぬのか」
元親を見かねた元就は特に体力と金の無駄だと嘆く。半分は呆れを通り越し鼻で馬鹿にされる元親の海賊行為だが、何もカラクリ造りの資金稼ぎだけを目的としていない。半分は元就に何かしらの土産を渡したい一心なのである。
土産を渡せば顔に出さないものの、元就はとても喜ぶ。綺麗な顔が、喜び、驚き、不思議がる表情は、何度拝もうと見飽きない。
今の世に、一瞬の時を絵として残すカラクリがあればよいのに。映し絵も淫靡で美しくはあるが、墨と単色で書かれた紙に魅力を感じない。そもそも、たかが紙切れ一枚で元就の可愛らしさを表現しきれるわけがない。芸術に疎い元親でも、これだけは胸を張り豪語できた。
それに、時を捕えるカラクリさえあれば、稀に変化する元就の愛おしい表情を永遠に手元に残しておける。会えない寂しさも少しは紛れよう。執務で城に閉じ込められる間の我慢の材料となり、筆を持つ時間が少しは長くなる筈だ。
「そういうカラクリができれば、技術の発展だろうよ」
鼻高々に、元親は絵に書いた餅を元就に自慢した。火力を使い、軍事力が飛躍的にあがったとしても、生活の一部に役立つ器具に進化はない。戦が終われば、また平和な世が訪れる。平和はいずれ暇をもたらし、こういった娯楽もきっと必要となるのだ。
「無駄な事ばかり、思いつきおって」
元就は眉間を押さえ、「貴様は筋は良いが、どこかずれている」と悔やんだ。元親自身の事を、こんなにも惜しんでくれる元就が居るのだ。残して死ぬ気などさらさらない。戦死であれ、病死あれ、与えられた天寿を全うするのみ。
唯一元親が願うとすれば、どうか、どうか今この場所で二人分の呼吸を誰かに気取られないこと。元就と二人、ある目的地へたどり着けるのならば、呼吸は止まっていい。
（だからって、死にたくはないがよ）
目的に思いを馳せる元親は、左手にできあがったばかりの銘酒を、右手には元就の細い手を握り占めていた。目を左から右へ、右から左へ右往左往させ、執拗な警戒を怠らない。絶え間なく首を振る今の元親なら、機敏な犬にだって負けていない。負けてなるものかと、変な自信さえついていた。
「何をそんなにきょろきょろしておる。四国の地がそんなに珍しいか」
左腕に重箱をもつ元就が、呆れた視線を元親に向ける。目の前に、年甲斐もなく落ち着かない巨体があれば、誰だって冷ややかな視線を送ってしまう。加えて、元親が生まれ育った四国の山の中だ。
「何でもねえ、行こうぜ」
　元就の手を引いて、元親は獣が作った自然の道を通る。人専用でない道は、太陽の恩恵を受けて育った草や木の葉が行く手の邪魔をした。元就に当たらぬよう、払いのけ進む。白い頬に掠れもすれば、眉間に皺を寄せ、ちゃんとした山道を使えと元就は怒る。
それでも元親が些細な呼吸を嫌い、わざわざ獣道を使う理由。全ては積み重なる不幸にあり、さらなる悲劇を避けるためであった。


＊	＊　＊


遡れば弥生月のこと。雪が溶け、やっとの春に喜びが育つ季節。元親は、元就と岡豊城の庭にいた。
二人して、鼻先を梅の花に寄せる。実がついている筈もないのに、酸味がする甘い香りに唾を飲み込んだ。子を宿した腹のように膨れる蕾を見ているだけで心安らぐ。
「良い香りぞ」
元就が、うっとりした目で小さな花を愛でる。まろやかな表情を浮かべる元就に、元親は別の意味でごくりと生唾を呑んだ。そして、元就の頬に寄り添う梅の花を見た。
手のひらで握れば砕け散る花弁の集まりが、元親の真ん前で元就を魅惑している。枝につかまり、自由奔放に咲き誇るちっぽけな存在が、元就を捕まえて放さない。
（元就を魅惑するその妙技。教えて貰いたいもんだな）
元就の目元を蕩けさせ、元親の心を嫉妬でくすぶる不思議な力。甘い匂いの中に、魅惑する秘薬でも蓄えているのだろうか。あるのならば、何としても物にしたい。元親は白状しろと、無抵抗な相手をいいことにえいえいと花先を突く。
梅は、この酷い仕打ちに動じない。花弁を広げ、じっと元親を見据える。その堂々たる姿勢は、なんと立派なことか。
男なら人の能を羨まず、自分の持てる限りを尽くしてみろ。戦に関わらず、恋沙汰も同じだ。己の能を最大限に生かせる男ほど、周囲から崇拝し、讃えられ、他人を魅了する。どうだ分かったか、と梅に無言で語りかけられるという、変な錯覚に陥った。
珍しく胸を真摯に撃たれた元親は、己の非道を深く恥じる。そして、単純に梅を羨んだ。
「いいなあ、梅は」
人の身を持つ元親にとって、己の才を開花させる成長は難しい。自然の摂理に従い、咲くだけで能を開花させ、元就を魅了できる梅とは、そもそも土俵が違うのだ。
せめて、梅の才にあやかろう。手に添えていた小枝を元親は折る。儚い音で命は絶たれた。
同時に、梅の気持を代弁するかのような目で元就に睨まれた。感慨深く感傷している元親に、向けられるべき視線ではない。品がない、と言われているようでとても不名誉だ。
「桜折る馬鹿、梅折らぬ馬鹿。知らねえのか」
　元親はいやらしく微笑む。ある分野でなら、元親だって博識だ。それを知らしめるよう、梅の木の正しい育成法を説明してやる。
梅は、適度に間引いてやらないと花付きと実付きが悪くなる。以外に手間のかかる木なのだ。それでも、お咎めの視線は元親に降り注ぐ。
手入れどうこうではなく、元就は枝をおる行為が気に入らないのであろう。
「悪りぃ」
一応、元親は素直に謝った。詫びのしるしに、折った枝を差し出す。ご機嫌取りは功をなし、元就が喜んで鼻を寄せる。
先程と全く同じだ。梅を寄せる仕草は、口付けを求める姿に似ている。元親は見とれた。梅になって、唇に触れたい。口が、物惜しげに動く。
「いいなぁ、梅は」
「本当に、美しい」
　元就が同意する。元親は梅を「良い」と、絶賛していない。白昼堂々人目も気にせず、元就に口付けを求められる、梅の花が羨ましいと言ったのだ。元就は、その意味を分かっているのだろうか。
すっきりしない心地のまま、元親は濡れ縁に腰かける。離れた場所から見る梅は、香りさえ遠のきはしたものの、美しさを損なわず立っていた。むしろ、梅の花一つ一つを重ねあげた、個がまとまった強さを披露してみせる。
見事に咲き誇る恋敵に、元親もしぶしぶ負けを認めた。これでは、元就に好かれてもムリはない。
それでも最後の悪足掻きに、美しい姿を酒の肴にしてやろう。元就とゆっくり酒を傾け、仲の良い姿を見せつけてやる。
元親は梅に向けいやらしく微笑んでいた。もはや、何にムキになっているのか、元親自身よく分からない。意地を張ったところで、梅は所詮花であり、植物なのだ。
「今夜花見しようぜ、元就」
元親の声かけに、元就がやっと梅から顔を離した。指先でくるくる枝を回し、隣に腰掛ける。
「花見と言っても、貴様は酒が飲みたいだけであろう」
　耳に痛い小言を零される。確かに、元親は酒が大好きだ。
喉に流せば、気分を良くさせる至宝の飲み物。誰しもが虜になる、癖のある液体。元親も、酒に喉を優しく撫でられ、カッと焼きつく刺激を愛して止まない。
更に酒は一癖も二癖もある奴で、巧妙な策を人に仕掛ける。呑み始めこそ、健全な者の胃を満たすだけが、次第にぐびぐびと煽らせる。足がふらつき、計画通り酔っ払った所で脳天を侵略し、ついには人格に取り入りその者を狂わせ豹変させてしまう。
脳天を犯された子分共を、元親は多く介抱してきた。酒樽を抱えて、げらげら床を笑い転げる子分。「アニキ～あにきいいい」と、元親に泣き縋る子分。威勢の良い長宗我部軍を、まるで駄目な男だらけの集団に変える。酒は、畏怖すべき力を備えていた。
元親以上に、酒に隠された脅威を元就は周知している。知りすぎた為に、酒に酔って与えられる至極の時間を嫌悪した。高松城にある酒樽に、「禁酒」と元就の字で書いてあるのだから筋金入りだ。
「いい肴じゃねえか。たまには、お前も呑めよ」
　知ってはいながらも、元親は誘ってしまう。元就がむぅと、怪訝な表情を浮かべる。
「今夜は特上の酒を開けさせるから、な？」
　な？ともう一度念を押す。梅に一矢報いるため、どうしても一緒に酒が飲みたい。
「酒より餅が良い」
　元就はどうも酒を飲む気にならないらしい。白く丸い花弁を見詰め、それだけ呟く。
実は元就が酒を拒むここだけの理由を元親は知っていた。酒を舐めただけで、元就の白い頬に赤みがさす。弱くはないが、顔色に出やすい体質なのだ。
弱みを見せるようで、赤く火照った姿を元就は酷く嫌う。酒の席でも、意気地を張り背筋を伸ばし、隙を見せまいと虚勢を張る。
「熱い」
しかし、酔いが回れば、元就は酒を前に矛盾を覗かせた。襟元を緩める姿こそ隙そのもので、花に劣らない、色香をふうわりと辺りにまき散らかす。その淡い芳香に喉の渇きを覚え、火照った体を掻き抱く瞬間が元親は好きだ。
　だからと言って、飲みたがらない相手と無理強いして交わす酒は不味い。気乗りしない元就を、これ以上誘っても無理だと思えた。
（ここに、元就好物の餅さえあれば、一緒に花見をしてくれたのによ）
元親は嘆いた。元就が来る前に用意された餅は、朝と昼の間に、所望する本人の腹に消えた後だ。あれだけ食べて、まだ欲しいというのか。この調子で食べ続ければ、日の本の餅を元就は完食することになる。
元親にとって酒が永遠に愛すべき食べ物なら、元就にとっての愛すべきそれは餅と言ってよい。とにかく、元就と花見をするなら、餅が何より必要だ。　
（そうか！）
元親は、花と餅を見比べ閃いた。
　大量の餅を持って花見へ行けばいい。花弁が散る木の下で、重箱に敷き詰めた餅や菓子を食べる。そこで、それとなく酒を勧めてみる。餅で機嫌上々となった元就なら、差し出した酒を躊躇なく呑んでくれるのではないか。
　一寸の狂いもない完璧な策に、元親は自分の才を恐れた。やっと開花した才と、カラクリ兵器さえあれば、日の本統一は夢でない。元就と平和な世を過ごす、なんとも素晴らしい希望が見えた。後は、策を完遂させるだけだ。
（花見といったら、桜だよな）
またしても、妙案を思い付く。花見ならば、これから盛りを向かる丁度良い花があるではないか。
「元就、郡山城の近くに、桜の名所があったよな」
郡山城から少し放れた小高い丘。むかしむかし、この地に荘園を持っていた貴族が桜の木を植えた。小さな桜の苗木はすくすくと育ち、今となっては見事なまでの大木となっている。卯月になると、可愛らしい色の花を咲かす。
「馬があれば、すぐに行ける距離だ」
生まれた土地の話しに、元就はすぐ察して頷いた。鳶色の瞳に郡山城を思い浮かべる。久しく郡山城に帰ってないと言っていたから、懐かしくなったのであろう。すっきりとした瞳に哀愁を映す。
「桜が咲いたら、餅を持って花見をしようぜ」
　元親の提案に、元就が顔を向ける。瞳を数度瞬かせ、目元に少しだけふっくらとした弧を描く。
「それも、良いな」
優しい声で、元就は訪問を約束した。
元親は破顔する。策完遂の一歩を踏めた事よりも、元就の憂いを、思いつきの誘いで吹き飛ばせたことが嬉しい。提案は正答だった。算段の問いに全て赤丸を貰ったような、誇らしい気分に元親は浸った。


＊	＊　＊


そして卯月。厳島近くに船を着け、元親はそこから元就と郡山城へ向かう。
「元就さま、奥安芸はまだ寒いと聞きます。冷えましたら、これをどうぞ。体が温まります」
「うむ」
厳島から去る際、旅路を心配する毛利家臣が、あれこれと元就に包み渡す。暖かい羽織。笹の葉で包んだ握り飯。どれも、郡山城に着けば揃うものばかりだ。
「不逞な輩に出会うかもしれませぬ。どうかお気をつけて」
子犬のような顔をした青年の家臣は、「私に御供を仰せつかってくだされば」という雰囲気を言葉にありあり混ぜる。
「道中、危険な事がありましたら、どこぞの鬼など放っておいて、お逃げください」
「うむ」
　長身の青年も、横目に元親を睨みつけながら旅路を心配する。どこぞの鬼とは、誰のことなのか。人である元親には、さっぱり見当がつかない。
「兄貴、楽しんで来てくださいね」
「帰ってきたら、土産話を聞かせてください」
　四国から小舟を漕いでくれた子分共が元親に近づく。顔を揃えて口々に見送りの言葉を寄せた。こんなにも素直な子分共は、どこぞの家臣と比べて本当に可愛い。
「悪いな、中国に来るだけのために、船を出させちまって」
子分の頭をぐりぐり撫でた。今回は奥安芸に行くためどうしても長旅になる。そのためいつも使う大船を使わず小舟を出した。元親の私用の為に、中国まで共に来てもらう船旅に少なからず罪悪感が付きまとう。
「兄貴の為なら、これくらいなんてこと」
　答える子分は、白い八重歯を覗かせた。しかし、寸の間黙ると、毛利家臣を注意深く様子見て元親の耳に顔と手を寄せる。元親も、何の話しだと、合わせて大きな体を屈めた。
「中国に来るのも、実は楽しみにしてるんですよ。俺達、実はこっちに・・・」
　こしょこしょと、続きを小声で耳打つ。思いもよらぬ艶めいた秘密に元親は目を見開く。子分共の顔をざっと見渡した。
「そうだったのか。俺の知らない所でやりやがる」　
元親と似た理由で来た面々に、にかっと笑顔を振り撒く。これで土産でも買ってやれと、元親は手に金をたんまり握らせた。子分の声が弾む。
「だから、俺達のことは気にせず、ゆっくりしてください。国は信親のアニキがいれば、安心ですぜ」
　互いにいやらしい頬笑みを交わしあう。心の中で思う事は一緒だ。これ以上、口にする事はない。
「元親、行くぞ」
「応。じゃあな、行って来るぜ」
　元就に声を掛けられ、元親は子分共に手を振る。「いってらっしゃい」と、青空に多く手が揺れた。


＊　＊　＊


　馬を進めて二日後。郡山城に着いた。城では手厚い労いを受け、夜は温かい宴会でもてなされる。元就は久しぶりの故卿に終始機嫌がよかった。酒を煽ったのがその証拠で、花見の席より一足早くこの場に淫靡な花を咲かせた。
次の昼前には、酒とこしらえた重箱を抱えていた。逸る想いで元親は馬に跨る。目指すは美しく咲き誇る桜の木。
「お待ちしていました、元就公」
　そこで待っていたもの。美しく、花弁を揃える桜。雲ひとつない晴天。気味の悪い頬笑みを讃える、明智光秀。
「なんで、あんたが此処にいる」
　馬を川辺近くに繋いで休め、桜の木に近づけばこのざまだ。特等席に錦の御座を引いた明智が、しおらしく座っていた。
元親は自ら前に出て、声を張る。変態が何をしに来たと、睨みつけるが効果はない。むしろ嬉しそうに、にやありと笑う。気味の悪い妖艶さ。背中に悪寒が走る。
「元就公が、ここでお花見をする御噂を耳にしたのです。これは私も是非参加しなくては、と思いまして。はるばるやってきました」
　さぁ呑みましょうと、酒瓶を傾ける。明智の視界に元親はいない。腰が引き気味の元就を、捕まえたと言わんばかりに写している。
殺気とは違う恐ろしい視線に、元就が体を震わせる。無理もない。元就は明智を嫌っている。というより、怖がっていた。
誰だって、残虐を好む明智光秀に、対面した早々、「貴方は私と同じ匂いがします」と言われれば傷つく。それどころか自分を内側から疑う。心が弱い者であればとっくに気が狂っていた。
「ここは毛利の土地。勝手な花見など許さぬ」
「去れ」と元就は堂々と威張る。眉間にシワを寄せ、明智を睨む。口惜しいかな。その鋭い視線に、僅かばかりの恐怖が入り混じっている。
どうしようもない変態を前に、元就は口では強がっていながらも、心の中でふるふる震えているのだ。心中察した元親は、可哀想に、と自分の体を盾に元就を守る。
「そんなつれないことを仰らずに。元就公は、甘いお菓子が御好きでしょう？」
元就の腰がまた引いた。早く此処から立ち去らせろと、元親に目配せする。元親とて、変態と花見を楽しむつもりはない。
「早く魔王の所に帰んな」
「貴方に指図される筋合いはないのです。私は、元就公と一緒に花見を楽しめればいいのですから」
　ドスの利いた声で元親は威嚇する。腹立たしいことに、明智は元親に全く興味のない素振りだ。
「それに・・・信長公とは、くく、アーハッハッハ」
　ついには魔王の名前が出て来ただけで、体を小刻みに震わせる。仰け反り身を屈め、また仰け反り笑った。気持ちの悪さに元親も逮撃する言葉を失う。肌がいよいよ粟立った。
「元親。我は用を思い出した」
　元就の澄ました声と馬の荒い鼻息が聞こえた。いつの間にか元就は馬に跨り、遠い所を見つめている。明智が尾張へ帰らないことを悟った目をしていた。そして、馬の腹を荒々しく蹴る。
「元就！」
「元就公！」
　声が不快にも重なり合う。元親は全ての元凶である明智を睨みつける。驚く事に、もう明智の姿はない。
「何故御帰りになるのですか」
腰を落としたまま元就を追っている。このままでは郡山城まで追って来かねない。さすれば元就は早々に厳島へ帰ると言い出す。
「この野郎！」
元親は渾身の四縛で明智をひっ捕まえた。「嗚呼、」と恍惚した明智の表情は見れたものでない。
桜には申し訳ないが、立派な枝に吊るさせてもらう。明智とて、血肉でできているのだ。いづれ時が経てば肉体が朽ち、美味しい養分になるであろう。
「明智を糧に、綺麗な花を咲かせてくれや。また来年、元就と花見に来てやっから」
　元親は桜の木の下で涙を呑んだ。明智がぎしぎしと幹を揺らし、悶える。四縛が解けるのも時間の問題だ。馬に跨り、元親も帰路を急ぐ。
　郡山城につき、元親は馬から飛び降りた。手綱を握り、荒い呼吸の馬を馬屋まで連れて行く。先に逃げ帰った元就は、馬屋の壁に寄り掛かっていた。
「！」
歩み寄ると、血相を変えて睨みつけられる。近づいたのが元親だと分かると、身構えていた体を地面に崩した。馬が心配して、鼻先をそっと寄せる。
元就は明智が追ってきたのではないかと危惧していたに違いない。いや、追ってくる確率の方がはるかに高い。武将として、正しい構えだ。
「花見は次の機会だ。郡山城にも長居無用ぞ」
ため息を零す元就に、元親は頷いて同意した。大変な変態を目の当たりにして、気落ちした元就を誘い、明日また花見へ行くのは無理であろう。元親も流石に疲れていた。
それでも、元就との花見は諦めない。元親は拳を握り、うららかな空にそぐわない野望を馳せた。


＊	＊　＊


弥生の梅は遠に枯れた。卯月の桜も散り、いまや力強い緑の葉を茂らせている。暦は皐月。杜若や、藤が見ごろの季節となっていた。元親の企みも、月を跨いで萎えることなく、同時に盛りを迎える一方だ。
明智光秀の登場を前に、蜘蛛の子が散るように解散となった花見。あの悪びれもない笑みを思うと、今でも腹の虫が怒りだす。ぽこぽこ暴れまわり、元親に酷い仕打ちだと訴えた。嫌がる元就の尻を追いかけて楽しむなど、趣味が悪いにもほどがあると。
元親は腹を撫で、腹の虫を諭す。山には芽吹きを待つ花が、咲き誇る番を待ちわびている。「己を見てくれ、願わくば、一番の盛りを愛でてくれ」と誘う。
たかが一人の男に、夜も眠れぬほど楽しみにしていた花見を邪魔されたからといって、気を落とす必要などない。むしろ、これは人気のないところで、元就と酒を傾ける絶好の機会ではないか。
元親は、山中に藤が枝垂れる穴場を知っていた。姫若子から少し卒業しかけたころ、山の中を一人ふらふらしていた時に見つけたのだ。十年以上前のことになる。
すでに藤は枯れ、次の花へ主役を譲り渡したあとだと思っていた。見事に群れる野の藤に、相当驚かされた。
山中に咲く花は、同じ種で有れど、人の手によって植えられたモノより芽吹きが少し遅い。花に性格があれば、間違いなく、のんびりとした育ちの女子だ。
元就をそこへ招待しよう。元親しか知らぬ、俗に言う秘密の場所ならば、誰も近づくに近づけまい。今度こそ、元親の策は完璧だ。
さすれば腹の虫も、そうだそうだと、コロコロ笑う。だが油断してはならぬ。いつ二人の行き先を知った者に、邪魔されるか分からぬ！と眉を顰め、驕る元親を注意する。
腹の虫の助言など百も承知。元親は誰も気付かれぬよう、事を運ぶと決めたのだ。
花見当日。城を出れば、あっちへきょろきょろ、こっちへきょろきょろ。山の中へ入れば、人が使わぬ獣道を使うのも、全ては妨害を防ぐためであった。
半分程度歩いたところで、元親は休憩をとることにした。日が高い。湿気のない空気を吸い込むだけで、気分が晴れた。二人を追う、不貞な輩の影もない。元親は一安心と、草の中に腰を埋める。一息ついた。
「元親」
呼びかけに、空を見上げた。青雲を背景に元就が、元親の真ん前に立っている。
隣へ座れ、と元親は手を差し伸べた。応えるように差し出された元就の腕は、何故か元親の口に近づく。途端、丸いものをねじ込まれた。
不揃いのつぶつぶとした舌触り。反射して噛み砕いた、柔らかいそれに甘味はない。口を潤すだけの未知の物体に肌が粟立つ。それでも飲み込んだのは意地だ。
「何食わしやがった！」
触感が嫌に残る舌を無理やり転がす。手の内の反応が面白いのか、元就はくつくつ笑った。
「これぞ」
「ヘビイチゴ」
見覚えのある実に、元親は確認するよう、その名を口にした。
元就の手に握られる、赤い実のついた小さな茎。茎は短く、実も親指の先ほど小さい。賑やかな山の中で、その存在に気付けるのは、黄色い花を咲かせ、真っ赤な実を実られる、自己主張の強い装いのせいだ。
幼いころに、これは毒があると母に教わった。死ぬのは嫌だ。摘みたくなるほど可愛い姿だが、幼い死への恐怖心に、見かけただけで避けて通ったものだ。
後々、毒はないと知る。だからと言って、食べる物に困る飢饉もなく、ただ足元を掠める存在だ。それが、こんな身の毛もよだつ味だなんて。「毒」と名の付くのも頷ける。
「気に入ったか」
首を傾げる元就は、憎たらしいほど愛嬌がある。元就自身、ヘビイチゴがどのようなモノかを知っている上で元親に食べさせたに違いない。もう一つ実を摘み、元親の口元へ近づけてくる。
これが上手い刺身であったなら、どんなに夢心地だったか。元親は悲しむ。そして仕返ししてやろうと、差し出された腕を今度こそ引き寄せる。
「どうだ！」
子どものように揉みあった末、元就の体を下へ転がす。参ったか、と元親は笑った。
鳶色の髪を散らした元就は、悔しい筈なのに、両頬を上げて微笑む。貴様には負けぬ、といった態度で、元親の大口へ持っていたヘビイチゴを放る。
あわや、あの触感がもう一度。元親は覚悟してみせたが、同じ手を食らう阿呆ではない。元就の唇に噛み付き、受け取った実をそのまま口の中へ押し込んだ。
目を見開き、元就が身震いする。うっかり、噛んだらしい。目を白黒させ、素直な反応をみせる元就に、元親は愉快な笑い声を響かせた。


＊　＊　＊


「あのようなもの、食べさせおって」
眉をしかめ、不満を口にする元就の手をひく。それでも、大人しく元就は元親についてくるのだから、怒ってはいないのだろう。「俺が悪かった」と気持ち程度の謝罪を告げ、残りの距離を歩いた。
とたん、視界が開けた。薄紫が、開いた空間を覆い隠すように広がっていた。これぞ、元親が目指していた藤の畑である。
「これは、」
美しく枝垂れる藤に、元就が声を失う。元親も始めてここへ来た時、言葉が出てこなかった。木の枝に細い蔦を這わせ、それを頼りに花を垂らす。丸い花弁の粒を行儀よく揃えた花は、見ているだけで、整然とした気持ちとなる。
だが、言葉を失ったのは、それだけでない。何故か、絶好の隠れ場に見覚えのある子どもがいる。
「あ、鬼の兄ちゃん」
ぱっと明るい笑顔と共に、銀色の髪が揺れた。ふっくらとした両頬を挙げる。雪国にいるはずのいつきが、第一声を発していた。
「なんだ、お前ら。本当に来たのか」
隣には、魔王織田信長に無邪気に従う森蘭丸もいる。二人して、ゴザの上で甘味を広げていた。まさにそれは、元親達が催そうとする、花見であった。
「魔王の子。そこで何をしておる」
元親の巨体に隠れていた元就が、ひょこっと顔を覗かせる。二人と甘味を確認すると、少し驚いた声で蘭丸に問いかけた。
「光秀に、ここに来ればお前達がきて、美味しいもの食べれるって聞いたんだよ」
「オラは、こいつが悪さしねえか監視してるだ」
むん、といつきが胸を張る。頬に付いた餡がなければ、もっと頼もしい。
「なんてこった」
元親は頭を抑えた。まさか、明智光秀が子どもを使ってまで、二人の花見を阻止しようとしてくるとは。元就の言葉を借りれば、「計算してないぞ」につきる。
これも、卯月の花見を断った仕返しか。腹の虫も頭を押さえ、失望のあまり声を発さない。
昼間から子どもの前で酒を飲むなど、教育によくないと元就は怒るに決まっている。それでは、本当にただの花見になってしまう。元就どうする、と問いかけようとしたとき、
「鬼の子。そのコンペイトウとやら、我の菓子と交換せぬか」
元就はすでに花見の席に馴染んでいた。持参した、重箱の箱を開けてみせ蘭丸と話している。おそらく、蘭丸に持たせた菓子の品も明智が用意したものだろう。元就の食欲を刺激する、美味しい美味しい京菓子だ。
「そんなことしなくても、一緒に花見すればいいべ！ほら、鬼の兄ちゃんも」
小さな手に引かれ、元親も花見の席へ招待された。
「嬉しそうに手なんか繋ぎやがって。お前、そこの鬼が好きなのか？」
「な、そんなことないべ！」
蘭丸がいつきを茶化し、二人は子犬が甘え吠えするよう、憎まれ口をたたき合う。性別の垣根を知らない、単純に子供の時を楽しむ笑顔。平穏を絵に描いたような光景を前に、引き返すなどできない。
しぶしぶ腰を下ろし、元親は空を仰いだ。晴天に、藤が雲の如く浮かんでいた。手に届く藤を摘み取る。実際の雲を掴んだことはないが、触れば藤のようにふさふさしているのだろうか。
「おい、がきんちょ」
「なんだべ、鬼の兄ちゃん」
　蘭丸に茶化され、頬を膨らませるいつきを手招いた。隣を叩いて、そこに座らせる。
「ちょっと大人しくしてろよ」
いつきの髪に、摘み取った藤を絡ませる。藤が少し大きく、不格好かもしれないが、十分に可愛らしい。
「別嬪が増したな」
「わあ！ありがとだべ！」
　頭を傾ければ、風に吹かれたように藤も揺れた。雪色の肌には、淡い藤の色がよく映える。頬に当たる花弁に、いつきが破願した。元親も、純粋な笑顔に釣られて微笑んでしまう。
「結び方、教えてくんろ」
　いつきに結い方をせがまれる。元親は適当な藤を選び、蔦を器用に結って見せた。
「器用なものだな。姫若子と呼ばれただけはある」
「うるせえ」
　京菓子を包み紙の上できりわける元就が呟いた。懐かしくも恥ずかしい過去の事実に、元親は良い返す言葉もない。確かに、髪を結う技術は姫若子時代に学んだ。この場へ来て、己の髪を結った覚えもある。
「兄ちゃんも、結ぶといいだ。オラが結んでやるべ」
　もくもくと菓子を食べる元就へ、藤を持ったいつきが近づく。教わった結い方を、さっそく実践したいようだ。
「う、うむ」
　咀嚼中の元就は「やめろ」の一言が、口を満たす菓子が邪魔で出ないらしい。それを良い事に、いつきが元就の髪を結ぼうとした時だ。
高い草の山が揺れた。驚き、もぞもぞと動く草に視線が集まる。何やら白い物が浮いていた。
「やっとお会いできましたね、元就公」
「！」
それが飛び出し、聞き覚えのある声で丁寧なあいさつを述べた。草ではない。明智光秀だ。
「なんだ光秀、お前来たのか」
　木に登っていた蘭丸が、猫のようにしなやかな着地を見せる。明智の変態っぷりに免疫を持つ少年に、この先怖いものはあるのだろうか。平然と光秀に近づいていく。
「ええ、私も花を愛でるのは好きですから」
「・・・」
　元就といつきは明智を見たまま言葉を失っている。ぱさりと、いつきの手に持つ藤が落ちた。
「逃げるぞ、元就！」
咄嗟に、元親は元就を小脇に担ぎあげた。来た道を無我夢中で走る。
明智を見たらまず逃げろ。武将として惨めだが、体が明智を認識した途端に反射したのだ。
元就は、饅頭の咀嚼途中でものも言えない。何か言いたげにばたばた手足を伸ばす。その腕は菓子を求め、あらんばかり伸ばされている。菓子との愛おしい逢瀬を邪魔された、なんとも悲しそうな表情をしていた。
「もう、追ってこねえだろうよ」
十分走ったところで元就を抱えたまま、元親は草の中に倒れた。息が乱れ、足の筋肉がひきつる。生い茂る草に柔らかく包まれ、眠ってしまいそうだ。
「執拗な男ぞ」
　やっと口の中の物を飲み込んだ元就が、のそのそ元親の体へ這いあがる。花見を中断された怒りに、元就もまた眉間に皺を寄せる。まだあの菓子を食べていなかったのに、と声を震わせた。
「食い物で良い気分になった所で、現れるなんて。小賢しいやつだぜ」
　二度目の邪魔に、元親も苛立ちを感じる。
（これじゃ、俺の計画が全部水の泡じゃねえか）
　元親は唇を拗ねらせた。弥生月に考えた己の策を、どことなく真似されたようで気に入らない。
「あ、あいつ」
　元親は飛び起きた。その拍子に、腹に跨っていた元就がころりと落ちる。
（まさか、明智も花の下に菓子を並べて元就を誘う計画だったてのか）
まったく同じ策を練った事実に、元親は残酷にも気付いてしまう。
「くそ、あの変態野郎！」　
　思考回路は、変態と同じだった。そう思うと元親は居たたまれなくなる。深い新緑に向かって吠えた。


＊　＊　＊


弥生月に眺めた梅の木は、花弁が消えた寂しさをうめる代わりに、青々とした梅の子を実らせた。いづれぱんぱんに肥えた果肉は、人の手により美味しい梅漬けとなる。
桜の根元で、みな多いに宴を催した卯月。桜色の花弁も土に溶け、繁る葉が青天井を敷いている。兎にも角にも、元親が施した花見の為の策は、全て露と消えた。
その冷たい露と雨ばかりの睦月は嫌いだ。信仰している日輪が隠れ、洪水を心配させるほど雨の振る月を、元就が好むはずもない。元親もまた同様。
恵の雨は嬉しい。だが、足元を愚図つかせる悪い癖は頂けない。気を抜けば泥に足を救われ、ひっくり返されている。
何処からともなくやって来る雨雲は、もうもうとした体から溜め込んだ水をいっぱいに吐き出す。満足し、どこかに流れていったかと思えば、また体に水をためた雨雲が流れ着く。これを一月近くも繰り返されれば流石に都合が悪い。
元親の足となる船旅が非常に難しい上に、中国へ向かう機会も少なくなる。下手をすれば渡れない大事態となるのだ。
高いところに逃げたその邪魔者を晴らそうと、槍を向けた所で届かない。最新兵器のカラクリを向けてもよいが、湿気に晒された火薬は役に立たないただの粉になり下がる。打つ手もなく、早くどこかに飛んでゆけ、と下からにらみ付けるしかない。本当に、雨は煮ても焼いても食えない奴だ。
しかし、雨によってもたらされる幸運もある。元就は雨の日に、酒をよく飲む傾向がある。
朝から執務に励み、読書が済むと、あらかたする事もなくなる。外に出る急用がないかぎり、自然と暇を持て余す。頭をいくら働かせようとも、体が疲れ知らずで夜はなかなか眠れない。そんなとき、寝付きが良くなるよう、元就は酒を舐める。
今夜も、元就は酒を舐めた。外は小雨。執務も滞りなく済み、二人して杯を片手に、蛙の声に耳を傾けた。程良く酔いがまわり、瞼も眠気を告げて下がる頃、元就と軽い口付けを交わし、おやすみと別れる。
元親は客室に戻った早々、綺麗に敷かれた布団へ倒れ込む。５日も滞在すれば、借り物の布団もしっくりと体に馴染んでくる。すぐに心地よいまどろみに包まれ、体と意識が沈んでいく。
「元親」
　元就の声に、鼓膜を揺すぶられた。元親は薄く目を開く。夜は更けたばかりで、元就と別れてから時間はあまり立っていないように思える。
「起きよ、元親」
　もう一度、元就の手のひらが体を這う。何かを語りかける懸命な手つきに、元親は元就が何をしに来たのか考えた。元親と元就は同盟主兼情人の関係で、夜更けに難しい話しをしに来たとは思えない。ならば、
（世這いに来たってのか）
珍しい事もあるものだ。元就が自ら元親を求めて来るなんて。安易な発想だが、元就の好意に元親は喜ぶ。はっきりしない頭でその腕を引き寄せた。
元就との情交は好きだ。しかし、やっと襲ってきた眠気に、今は交わる気になれない。睦みあうなら、また明日。だから今夜は一緒に寝ようと、元親は元就を布団の中へ入れる。
「何をする。起きろ」
　嬉しがっている筈の声は不機嫌だ。暖かい布団の中で、餓鬼のように暴れまわる。ぎゅうぎゅう抱きついて、元親は大人しくさせようとしたが勢いに負ける。恋しい布団を剥ぎ取られては、いよいよ為す術がない。
「元親、行くぞ」
　元就の一言に引きずられるまま、城外に出る。雨は止んでいた。初夏の香りと雨で澄んだ空気を、胸いっぱいに満たす。
「転ぶぞ、元就」
　行き先も告げず、元就は夜道を歩いた。雨上がりで、土はぐずぐずにぬかるんでいる。足元を救われはしないかと、元親は口煩く気遣うが、それでも元就は泥を蹴飛ばし道を進んで行く。草履だけを履いた素足が汚れることも厭わない。
　そのまま山道に差し掛かった。元就は山道を反れ、何故か道でない緩やかな斜面を登ろうとする。意気込み、くぼみのない草原に足を掛けた。
「！」
「元就！大丈夫か」
土が重みで崩れ、元就の体も下がる。小袖の裾が泥水を吸い込み、下垂れた。元親は後ろから、地に手を突く元就を支える。
「大事ない」
　人の心配をよそに、元就は元親の手を振り払い、また斜面を登る。月夜に照らされる細い脚は、綺麗な線を描き掛け上がる。
「ついて参れ」
登り切った元就が、上から元親を見下ろした。元就について来いと言われれば、元親は何処までもついていく。「応」と短く答え、元親も斜面に挑んだ。
「山道に戻った？」
　斜面を上がれば、また一般的な山道に出る。山道、蛇の道、また山道と、元就が使おうとする道が分からない。
「近道ぞ」
　元就は得意げに鼻を鳴らす。先ほどの斜面は、近道をしたいがために登ったのか。元就らしくない行動に、元親は戸惑う。
　それも今日に限っては仕方がないか、と元親は微笑む。元就は随分と酔っているのだ。寝る前に飲んだ酒が抜け切れていないのだろう。だから、こんな突拍子もない行動で元親を驚かせる。酔っぱらった元就に、数回翻弄された過去は何度かあるので、理由が分かってしまえばすぐに腑に落ちた。
「行くぞ」
　酔った面を見詰めていると、遅いと元就に手をとられる。元就の歩調で、ずんずん山道を進んで行く。そして、連れられるまま岬に着いた。
そこに、一面に開けた紫陽花が群れを成していた。蒼い花弁が集まり、内陸に海を作る。月の光に、雨露が照らされ、それこそ揺らぐ水面だ。
「元就、ここ」
「良い場所ぞ。ここなら、誰にも邪魔されぬ」
　手を放し、元就はふらふらと近づく。紫陽花の中に立てば、海の中にいるのと同じだ。元親も、花の海を泳いで渡る。
「花見を、したかったのであろう。梅も桜も、藤も散ったが、紫陽花も見物ぞ」
　元就は、紫陽花の群れに倒れた。ふふふ、と紫陽花に埋もれ笑う。
　元親は、唖然とした。咄嗟に、顔を背ける。元就と二人きりで花見をしたい気持ちが、本人に筒抜けていたのだ。稚拙な考えを、全て見抜かれていたと分かると、どうも気恥ずかしい。
「嬉しそうな顔をしおって」
元就の優しい目元が元親に注がれた。珍しい頬笑みを、元親は見つめ返す。心臓が高鳴る。息が弾む。一瞬の気恥ずかしさも吹き飛ぶ。
実のところ、花見などしてもしなくてもよかった。その無邪気な笑顔を、元親だけに向けてくれれば。梅に頬を添えるでもなく、他人と楽しそうに菓子を食べるでもなく、いつも傍にいる元親に向けてくれれば。花見に執拗したのもそれだ。弥生月から引きずり続けた、もやもやとした幼い嫉妬が、ここでやっと丸く治まる。
「良いよな、盛りの花は」
ようやく得られた幸福に、元親も微笑む。元就と同じ様に、紫陽花の海に身を沈めた。火照った体に触れる、雨露が心地よい。
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2010.9発刊『花は盛りに』 ]]>
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