宗三はいつにも増して弟の小夜を気にかけていた。最近、彼に落ち着きが無いのだ。
とにかく戦場へ出掛けたがる。刃を振るっては、狂ったように誉れの称号をかき集める。本陣に帰ってきたらきたで、休息もとらず次の戦を望む。酷い時は審神者の部屋の前に居座り、戦をねだって困らせた。
復讐に生きる身と言えども、小夜は元来残酷な性質などしていない。それは兄であり、親身に接してきた宗三がよく知っている。
(何かあったのでしょうか)
心根が優しい子だ。悲しい想いをしても簡単には口に出せないのだろう。負った理不尽も、戦場でしか露払いできない。弄らしく愛らしい弟なのだ。
宗三は可哀想な弟をついに見かねた。夜戦へ逃げる背を捕まえる。なけなしの力で嫌がる小夜を部屋に連れ込む。武器をとりあげ、正座させた。
兄江雪も小夜の挙動を気にしていたよう。宗三の憂いが伝わってか、この場に加わる。静かに座していた。
「誉れを獲る働きは兄としてとても嬉しいです。ただ、嫌なことが有ってその当てつけに励んでいるのであれば辞めてください」
「理由が有れば、聞きます」と端的に問い詰める。どうも説教臭くてならない。心配で心配で堪らないこの気持ちを、少しでも汲んでくれたら。しかし小夜はだんまりを決め込む。うんともすんとも言わない。
「宗三、そのくらいにしておきなさい。小夜が泣きそうです」
果てどない沈黙を、江雪が破る。震える末弟を見かねて助け船を出したのだ。落ち着きのある江雪の一言に、宗三は成を潜める。宗三にはない説得力が、江雪に備わっている。江雪でならば、小夜の悲しみを引き出せるだろうと期待した。
「小夜が落ち着かない理由を気にしているようですね。宗三」
「はい・・」
「私と宗三が睦み合っているところを見てしまってようで」
「え?」
「見られてしまっていたのです」
「はあ」
江雪が述べた全てを理解するのに、しばし間が必要だった。しかる後、宗三は頭を抱えた。
「えっ、まさか」
「そのまさかです」
肌を重ねる愚行は、小夜が遠征に行く間だけどとり決めている。いつ知られたのか宗三に検討がつかない。そもそもが行為に夢中で宗三にまともな意識などないから、気づけたかどうか謎であるが。
大人の情事を、それも兄弟の馴れ合いを不慮にも覗いてしまった幼心はいくほど傷ついたのか。神経などすり減って暴挙に走っても仕方ない。弟を苦しめた被疑者が実の兄だなんて、情けなくなる。小さな手にすがって「不純な兄を許してください、だけど嫌いになれないで」と泣いて泣いて詫びたかった。
「あ、あの小夜くんは、僕たちの睦み合いを見て、そのショックを受けて?」
小夜は瞳に涙を抱えている。宗三は背徳感から目を合わせていられなかった。
「いえ、そうではなく」
悲観する宗三の僅かばかりの純真を、また江雪が否定する。
「宗三が大きな声で『好き好き大好き、お強い兄さま大好き』と叫んでいたのが、気に入らなかったと・・」
「はい?」
「ですから、おまえが『好き好き大好き、お強い』」
「止めて」
経を唱える平淡さで、己が発した卑猥な文言を並べられると流石に死にたくなった。覗かれた恥を嘆けばいいのか、淫行に甘い身を恨めば良いのか、最早分からない。解刀箱に体を突っ込みたいが、江雪は許してくれまい。きっと丁寧に丁寧に殺してくれる。敬愛する兄に飼われる夢をみて、宗三は背を震わす。
「兄さま、なんでそこまで知っておいでなのですか?!」
「朝餉の席で聞いてはいたのですが」
「私も気になっていたので」と呟く。人目のある場で飛んでもない悩みを引き出した江雪が不憫に思えた。朝当番をサボってまで寝坊してよかった、と宗三は一人ごちる。
「そうですよね、小夜」
「・・うん」
江雪が問いかける。固まっていた体がようやく解かれた。頭が縦に振られる。
「人の交わいは、刀の時に見てきたし、そんなに驚かないよ」
ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。宗三の手を捕って訴える。
「僕は嫌われているの?江雪兄さまみたいに、強くないから好きと言って貰えないの?」
江雪のように強くないから好かれていないと勘違いしたらしい。だから、強くなりたいと焦り、戦に駆けていたのだ。
「そんな訳、ないでしょう。なんて馬鹿な」
察しの悪い弟が愛おしい。目に入れても、連結で肉を抉る刃を咀嚼しても痛くないのに。宗三も江雪も小夜を嫌いになるはずがない。むしろ邪険にされる日が待ち受けているのではないかと怯えている。
「なら、僕にも言ってよ。江雪兄さまに、したみたいに」
「それは」と宗三は難色を示す。いくら小夜が可愛くとも、己の欲望のまま無体を働けるほど酔狂ではい。
「宗三、何を手間取っているのです。おまえのここなら私と小夜のものくらい受け入れられましょう」
「!?兄さ、ま!」
ふいに後ろから江雪に抱きとめられる。宗三の下半身にするりと手が這う。江雪が何を仕出かそうとしているか、察した宗三はもがく。それは敵わない。秘肛に細く長い指が宛がわれ、埋る。不意の快楽と弟に晒す挙動に宗三は慌てた。
小夜はまた一人置いてきぼりにされると思ったのか。これが不浄の行為の入り口と知ってか知らずか宗三に抱きつく。
「兄さま、僕のことが好き?」
可愛い声に攻められる。小夜の唇が近い。
「さよ・・くん、だめ!ま、まだ、あなたには早いからっ!」
指で深く腸内をえぐられた。腹がうずく。無言のまま先を急かす兄は意地悪だ。
きっと江雪は、小夜に話を聞いた時からこうなると見通していたのだろう。いや、仕組んだと言っても良いかも知れない。人が悪い。遊ばれてしまった。
けれど宗三は盲目であるため恨まない。すでに怒りも通り過ぎていた。
「ああ、もう!・・好きに決まっているじゃないですか。兄さまも小夜くんも、大好きです!」 
宗三は喜んで二人に身を投げ出す。抱擁と口づけと、それから先を甘受した。

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