宗三左文字は己の着物をほとほとと眺めていた。
(・・なんて目立つ色)
つい先ほど、干していた着物が消えているのに気付いた。強い春風に拐われたのだろう。
遠くに飛ばされた覚悟で探しに出たものの、あっさり見つけてしまった。桃色の着物が一枚、緑一面の野原に映えていた。見つけた際、率直に「目立つ」と宗三は感じた。
(せっかく上手く畑仕事を抜け出せたのに。こんなに目立っては・・)
無意識に髪をかきあげる。自分も同じように目立っていると思うと、ため息を溢したくもなる。
一緒に散った兄の袈裟が近くで見つかって助かった。自分の着物より、兄の袈裟を飛ばしてしまった不手際で胸が痛かったのだ。まとめて拾い上げる。
『あんたは、春を匂わせる身形をしているんだね。生き物を惹き付ける、暖かな色だ』
審神者に、自身の身色をありのまま伝えられた事がある。現世に降りたばかりの宗三を掴まえて、『恋の色かな』と下らない冗談も飛ばされた。
言葉の通り、宗三の身色は自然界で艶やかな性を見せびらかしていた。剥いだ袈裟の下から現れた桃色の花に、宗三もほんの少し、奪われる。
人の心にも、同じように作用するらしい。
「小夜くんのお兄さまは、綺麗ですね」
それを飾りなく教えてくれたのは、短刀達である。授肉し初めて皆の前へ顔を出した宗三を、短刀達は無邪気に評した。
「遠征先で、同じような綺麗な色のお花が咲いてるの。今度見に行こうよ」ともはしゃいでみせる。
正直な話し、宗三は貧相なこの見目に落胆している。外見は歴代の主、記憶の強かった色が表に出ると聞いてから特に。
(僕は誰にも似ていない)
宗三は小川を覗き込んで、身を映す。
三好宗三の出で立ちはあるか。武田信虎の声と似ているか。今川義元の恰幅が揃っているか。織田の・・。
そこまで遡り、宗三は辞めた。男にしては頼りない胸元に残された刻印。皮肉にもあの魔王の色が宗三に一番濃く現れていた。
(せめて、義元さまの影が残っていれば・・こんな・・)
それすらない自分は精々、刀を飾る掛台が似合いだと卑屈になる。宗三は有るだけでよかったのだ。刀掛台と大差のない存在。金銀財宝を囲う狭く煌びやかな世界そのものの色を、この体は反映しているのだ。
だから『綺麗』と囃される好意は、この上なく苦痛だ。一見、他人を賞賛するに便利な言葉は、宗三にとって皮肉でしかない。
(血を吸わず、権力者の腰に居ついたお飾り)
(刀の身に削ぐ、大層な御身分で)
(さすが歴代の大主に愛され慈しまれた美しさよ)
甘言を掛けられれば掛けられるほど、空耳が痛くてかなわない。
宗三は顎を上げた。兄の袈裟を大切に畳む。ゆるりと腰を上げて居城へ帰った。珍しく苦手な畑仕事をサボれた功績に、今は満足するしかなかった。





城に帰ると、小夜に出くわした。今朝方でかけた遠征が終わったのだろう。
「お疲れ様でした。怪我はないですか?」
気ダルそうな弟を労わった。「怪我はないよ」と少し不満げな声が聞こえる。どうやら、血の気のない良い遠征だったらしい。
「小夜くん、鞘に花が」
「藤四朗の子に着けられたんだ・・」
小夜の鞘に桃色の花が不器用に巻き付けられていた。小夜は居心地が悪そうに隠そうとする。
「綺麗だって。兄さまと同じ色で」
「・・・」
無垢な棘が身に刺さる。藤四朗が多すぎてどの子か分からないが、小夜を楽しませてくれようとした幼心は分かった。薬研を見かけたらお礼を言っておこうと決める。
「・・珍しい花ですね。後で一緒に何と言う花か調べましょう」
部屋に審神者から借りた花の本が有ったはず。兄の江雪が楽し気に見ていたから、簡単に返してはいないだろう。小夜が首を振る。
「・・・兄さま、無理しなくていいよ」
優しい小夜は『何を』とまでは言わない。鞘から抜いた花を道端におく。部屋で飾らず、そのまま土に返してやるのだろう。
「言葉のままを、素直に受け取れば・・・嬉しいですよ」
無理に笑った。名も知れぬ花を拾う。綺麗と思う心に悪気などないのだ。
小夜の小さな手をとって「帰りましょう」と促した。







小夜は宗三の膝を枕に小さな寝息を立てている。夕餉の後に湯浴びを済ますと、小さな体は根をあげて猫のように丸まった。
「僕も、兄さまや小夜くんと似た、澄んだ色だったらよかったのに」
花を調べる兄の江雪に、その夜宗三は不満をこぼす。小夜の硬い髪を撫でた。弟に嫉妬している自分に気づいて、肩を落とす。醜くてたまらない。
同じ銘なのに、どうして自分だけ身色が違うのか。振りかかった不遇は拭えないにしても、せめてせめて慕う兄や弟と同じ毛色ならこの傷も浅かったかもしれないのに。
何かにすがりたい欲が宗三を焦がす。
「この体は、主の影響が強くでると聞きました」
相槌だけ返す。兄は弟よりも察しが良く、宗三が言いたいことをおのずと理解してくれる。
「・・今でも心に残る、思い出はないのですか・・?」
「思い出・・?籠の中以外の思い出が僕になんて・・・」
唐突に難題をぶつけられて戸惑う。
兄はただ優しい。用意されていない答え探しを、悩む弟の為に付き合ってくれる。
「私は、わずかながら覚えているものもありますよ。良い思い出が、この身にも」
兄が首を傾げて問う。思い出してみなさい、と。たっぷり時間をかけて、宗三は退屈な日々を振り返る。
「・・・婿引き出として、義元さまと御会いした時、でしょうか。鞘から僕を抜いた義元さまは、声を上げて喜んで下さいました。まるで、子どものようにはしゃいで。その喜びようが可笑しかったのか、隣にいた姫様もお笑いになって。御二人とも肩を揺らして、頬を色付かせて」
楽しかった、と偽りなく言える思い出だ。一度外に出せは、するすると口が動きだす。暖かな情景が日の光を浴びたように浮かび上がる。
「お前は、その時の色を持って生まれたのかもしれませんね」
髪を掬われた。今川夫婦の初々しい日々が、宗三の色だと兄は諭す。その身に賜ったのは、幸せだった日の色だ、と。
宗三の視界が緩む。なんて苦く、なんて暖かな思い出なんだ。
「あぁ・・僕は、それすらも気付かないなんて」
「宗三・・・」
目元を拭ってくれる、優しい手に頬を擦りよせ甘えた。
「兄さま、僕を『綺麗』と言ってくださいませんか」
義元さまから頂いた、この愚かな身を褒めて。


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